祖母と母、そしてパリのこと。

神戸・御影に店を構える焼き菓子専門店「マモン・エ・フィーユ」は、フランス語で「母と娘」の意味をもつ。オーナー・パティシエの松下奈保さんは、幼い頃から母・美千子さんが手作りするお菓子を食べて育った。その影響もあり、松下さんは渡仏。「パリ・ル・コルドンブルー本校」などで本格的にお菓子づくりを学び、帰国後、2009年に「マモン・エ・フィーユ」を設立。母と二人三脚で歩んできた。
素朴な風合いの焼き菓子は、そのどれもが、ハッとするほど力強い素材らしさとリッチ感をあわせもつ。他では味わえない品々を求め、お客は途切れることなく連日、完売の盛況ぶり。松下さんの味づくりの原点は?と問えば、「祖母と母、ふたりの生き様です」。そうにこやかに、話し始めてくれた。
「祖母・岩田タミエはハイカラな人でした。いいものを見極める審美眼に優れ、食べたい・見たい・知りたいモノやコトがあれば、アジアやヨーロッパ、遠くは北アフリカへも行く、タフな女性でしたね。こと「食」に関しては普段の食事から、妥協は一切なし」。
会社経営の慌ただしい日々を送るなか、肉は肉屋で、魚は魚屋で、納得のいく素材だけを買い求め、子供や孫のために手作りを徹底。また、外食の日は、子供だからといって特別扱いはなく、いつも大人と同じメニューだった。
「食事とは単に食べるだけではない。TPOをわきまえた食の楽しみを、祖母から教わりました」。美しいもの、そして美味しいものとは何かを、幼心に知り、見極める力を身につけていく。
いっぽう、母・美千子さんは、添加物が入っていないおやつを子供たちに食べさせたい一心でお菓子やパンを、毎日のように手作りした。「母の焼き菓子が、私のルーツです。彼女にとっては、愛する家族のためにお菓子を作ることが、最大の楽しみだったと思います」。喜んでくれる誰かのために、気持ちを込めて作る。ものづくりの根っこを、自然と学んだ松下さん。そんな娘は、小さい頃から母と一緒にお菓子づくりに慣れ親しみ、お菓子教室にも通うように。いつしか、パリのお菓子留学に憧れを抱くようになる。
そして1990年に渡仏。「パリ・ル・コルドンブルー本校」で製菓を学び、パティシエ・青木定治さんに出会い、影響を受けるなど、13年間のパリ暮らしで、掴んだものは数多ある。なかでも「本物とは何か?を知ることができたのは大きいです」と松下さん。
たとえば製菓に使う材料。「栗ひとつをとっても、イタリア産とフランス産では味わいも風味も全く違う。アーモンドなどナッツ類の香りも、日本で味わうものとは別物でした」。チュニジアでは衝撃的なお菓子との出合いも。「ピスタチオと砂糖だけで作られた団子状の生地に、砕いたピスタチオをまぶしたシンプルなお菓子です。その強烈までの素材感に圧倒されました」。
当時、松下さんは、フランス国内はもとより、ヨーロッパや北アフリカでの食材探しに没頭する。その探究心は、祖母、そして母譲りだろう。「フランスでは、食の感度が高い、友人や料理人との出会いにも恵まれました。マルシェやお菓子屋、レストラン…といろんな場所で時間を共にし、味覚が鍛えられたと思います」。
帰国後、「マモン・エ・フィーユ」を開業。始まりは、京都の飲食店にて日曜限定の間借り営業だったが、母と娘の味づくりは瞬く間に評判を呼ぶ。そして2017年、御影に現店を開く。
オープン当初から、生菓子を一切作らず、焼き菓子に特化。その理由は「母の焼き菓子に叶うものはなかったからです」。長年、美千子さんが作り続けてきたレシピを軸にしながら、上質な素材を惜しげもなく用い、フランスの伝統製法にのっとり手作りを徹底する。
根強い人気を誇るフレンチビスキュイは、サクッと軽やかな食感と共に、上質な風味が鼻腔を突き抜ける。いっぽうで、発酵バターの上澄みだけをふんだんに用いたフィナンシェは、サクリとした繊細な香ばしさと共に、舌の上でほどける口溶けの良さ。その素朴で洗練された、優しさが滲み出た焼き菓子は、多くの人を魅了し続ける。
「母と私の、何千とあるレシピのなかから、二人三脚で作り上げてきた焼き菓子だけを厳選しています」。松下さんは、美千子さんと一緒に、今日も現場に立つ。



住所 | 神戸市東灘区御影2-34-20 グレイスリー御影1F |
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TEL. | 078-414-7842 |
営業時間 | 11:00〜18:00 |
定休日 | 火曜 |
web | https://me-f.jp/ |

[ 掲載日:2022年8月25日 ]