偉大な心の師匠

大阪と京都の県境に近い高槻の山中に、築100年を経た古民家で、自然と共存しながら日本料理を創造する料理人がいる。『心根』店主・片山 城(きずく)さんだ。毎朝、山野草を摘みに店の裏山へ出向き、猟師が仕留めたジビエを仕入れるなど、北摂の素材を巧みに使用。四季折々の野山の幸を、二十四節気に寄り添いコース料理のなかに表現する。
2009年、枚方市で独立した後、2018年にこの地へ移転。片山さん曰く、「順風満帆とはいえない時期もありました」と苦笑する。とはいえ「人生における3人の師匠との出会いが、僕の大きな礎です。『心根』の今があるのも、師匠たちの教え、そして支えがあってこそです」と話し始めてくれた。
一人目は、経営者としての根性を教わった「父」
二人目は、前を向く姿勢を絶やさない師匠「村林 英和」さん(粋魚 むらばやし)
三人目は、心の師匠「中東久雄」さん(草喰 なかひがし)
片山さんのお父様・將(すすむ)さんは、金型製作工場を立ち上げた経営者であった。「子供の頃に聞いた、父のこの言葉が忘れられません。“経営者は、結婚式と葬式を、同じ日に(参列)できなあかん”と。その意味を直接、聞いたことはないですが、おそらく大親友の挙式と、また別の大親友との別れが同時に来たとしても、気持ちの切り替えができなければ経営者は成り立たないということ。覚悟のようなものを教えてくれました。そして父は、常に“経営者は孤独や”とも。あの頃の父はライオンキングのような存在でしたが…」と片山さんは微笑む。じつはこんなエピソードも。「僕が独立した翌年、資金が底をついた時がありました。父に頭を下げて1万円を借りたのですが“そんな計算もできずして店ができるわけがない!”とこっぴどく叱られました」。お父様はいかなるときでも息子に厳しく、そして弛まぬ愛を注いだ。「父はバブル崩壊時代、倒産の危機を乗り越えたことも。経営者としての彼の背中を見続けられたからこそ、僕は折れず、ブレずにやってこれたと思います」。
ブレない…といえば、修業時代の師匠の存在も大きい。片山さんが8年、キャリアを積んだ店が、北新地にある『魚匠 銀平』。当時、統括料理長だった村林 英和さんだ(現、北新地『粋魚 むらばやし』店主)。
「村林さんの、お客様を思うホスピタリティは類稀なものがありました」。雨の日のランチタイムなら、お客様が帰られる際、「銀平オリジナル醤油」のミニボトルを配った。「こんな雨の中、ウチの店を選んでくださるなんて本当にありがたい」という村林さんらしい心意気は、「雨の日に『銀平』へ行ったら醤油もらえるで」と、口コミで広まった。
「あるとき、村林さんは僕にこう言いました。“片山、和歌山から柚子を100kg仕入れて、ピラミット型に並べてくれ。店内を柚子の香りで充満させるんや。そしてお客様おひとりにつき1個、持ち帰っていただこう”と」。お客様を楽しませる大胆な発想はもちろん、鮮度抜群の魚料理を味わえるだけあり、『魚匠 銀平』は北新地の人気店として定着化。
「村林さんは、今でも僕を叱ってくださいます。それが本当にありがたいです。また、修業時代から今もなお、村林さんが言う、“もっともっと、精神的に前を向いていけ”という言葉が忘れられません」。独立し、弟子たちを抱えることになった今、片山さんは、「精神的に前を向き続けると言うこと」さらに「日々「氣」を込める」この2つの言葉を自身の心に刻みながら、弟子たちにも伝え続けていると言う。
「そんな僕の師匠である村林さんに、お勧めいただいた料理書が、今となっては運命の出会いでした」。
■草を喰む―京都「なかひがし」の四季 (プレジデント社)
山野草や川魚、湖魚といった地物を主食材とし、おくどさんで料理する唯一無二の世界を確立。京都『草喰 なかひがし』の四季折々の料理を紹介する名著である。片山さん曰く「素材の味を引き立たせるために、余計なことはしない。奇を衒わずして、いかに自然美を大切にするかという、中東久雄さんのお考え。それはいい意味で、僕の人生を変えるくらい衝撃的でした」。
そして、修業の身であった約17年前。村林さんに連れられ、お客として『草喰なかひがし』の暖簾をくぐることに。「目の前で料理をされていた中東久雄さんが、僕にとって3人目となる心の師匠です」。
独立後、年に2回は『なかひがし』に伺うと心に決めた。「中東さんのお店で食事をいただき、帰宅後は必ず、中東さんの料理書をめくりながら、いただいた料理を思い返しながら、答え合わせをしました」。いつしか料理書はボロボロになっていった。
「枚方で『心根』を営んでいたある日、共通の知人の紹介で中東さんに来店いただいたことも。ただただ緊張をしていましたが、涙が止まりませんでしたね」。いつしか片山さんは、中東さんと交流を深めていく。
「中東さんにしかできない“見立て”を、僕なりに学ばせていただきました。日本の文化や景色、季節の移ろいを料理のなかに表現されながら、どこまでも滋味深い…。それが中東さんの料理なのです」。ときに片山さんは、中東さんに電話をかけ「ドジョウはどのように炊かれていますか?」など、仕込みの術を聞くこともあったという。「中東さんに、“あの料理の表現を、真似させていただいて良いですか?”などと伝え、取り入れさせていただいたこともありました。そんな僕に、中東さんはおっしゃってくださったのです。“世に出したら真似されて当たり前。しかし片山くん、その人が作ったらその人の料理になる。えぇ料理が世に広がったらいい、頑張りなさい”と」。中東さんに指導を受けながら、日々研鑽を積んでゆく。
2018年12月には、「より、手付かずの自然に近い場所で、第一次産業の間近で店を営みたい」と、高槻の山中に移転。
店の周辺では、鹿や猪が走り回り、季節の変化とともにあらゆる山野草が芽吹き、モクズガニや鮎といった川の恵みもすぐそこに。農家や漁師、猟師との密なる交流も。自然と対話し続け、地場産業を盛り上げたいと試みる片山さん。曰く「努力し続けるのみ。そしてお客様には『氣』を込めておもてなしを。心根でしかないひとときをお楽しみいただきたいです」。
築100を経た古民家の店先。梅の木の下には、移転オープン時に中東さんから贈られた、お地蔵さんが微笑んでいる。「草喰 なかひがし」の店先で、店の看板を背負う地蔵さんと同じ作家さんの作品だ。
中東さんはこう、片山さんに告げたという。「雨ざらしにしておきなさい。このお地蔵さんに“苔”が生えたら、『心根』は安泰ですよ」。



住所 | 高槻市中畑久保条15-1 |
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TEL. | 072-691-6500(要予約) |
営業時間 | 12:00〜15:00、18:30〜22:00 |
定休日 | 火曜 |
料金 | 心根コース22,000円、ジビエコース27,500円、季節のコース44,000円(サービス料10%別) |
web | https://www.cocorone0309.com/ |

[ 掲載日:2022年10月25日 ]