「気づき」ということ

「刺激を受けたのはやはり人。今まで勤めてきたレストランの“シェフ全員”と断言できます」。
神戸・北区。のどかな田園風景が広がる地に佇む「SETTAN」店主・吉田繁雄さんはそう話す。「修業時代、いかに“気づく”かどうか。これがターニングポイントだったように思います」と料理人としての人生を振り返り、語り始めてくれた。
シェフの名を挙げよう。
里道 隆氏(神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ「トップ・オブ・シェラトン(閉店)」元総料理長)
溝江 恵一氏(神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ「トップ・オブ・シェラトン(閉店)」元料理長)
山口 浩氏(神戸北野ホテル 総支配人・総料理長)
唐渡 泰氏(リュミエールグループ・オーナーシェフ)
吉田さんが、調理師学校を卒業後「神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ」に就職したのは1998年のこと。配属先は当時、メインダイニングとして人気を博していた「トップ・オブ・シェラトン」だった。皆、1年目は雑用係。2年目、晴れて次のステージにと思いきや「あなたはもう1年、雑用係です。その生意気な態度を考え直しなさい」と当時、料理長だった溝江氏から勧告を受けた。「ショックでしたが、生意気…その通りでした。ですから、誰に対しても心配りを大切にしようと。溝江シェフのおかげで徐々に改心できました」。
そんな雑用2年目の、心が折れるような日々を救ってくれたのは、総調理長・里道氏の存在だったという。「里道シェフは怒鳴ることなど一切ない、とても穏やかな方でした。僕みたいな下っ端にも、丁寧に対応をしてくださいました」。ある日、吉田さんがぶっきらぼうに扉を閉めた、その瞬間を見た里道シェフが「あなたが今やった扉の締め方は、センスがないです」とチクリ。「穏やかな里道シェフが話された、この一言が忘れられません。どんなに忙しくても、丁寧に対応をするという当たり前のことをできていない自分に、猛反省しました」。生意気だった吉田青年は、先輩方に鍛えられ、また多くの気づきをもらいながら成長してゆく。
その後、パリとブルゴーニュのガストロノミー・レストランでトータル3年間、キャリアを積んだ吉田さん。帰国後は山口 浩シェフ率いる「神戸北野ホテル」の門を叩き、新たなレストラン立ち上げメンバーの一人として働くことになった。「山口シェフは偉大なシェフ。多くの気づきをいただきました」。なかでも吉田さんが影響を受けたのが、山口シェフが故・ベルナール・ロワゾー氏の元で培った『キュイジーヌ・アロー(水の料理)』の概念。「野菜のピュレの作り方や、ジュの取り方など、テクニックの習得はもちろんのこと…。“日本でロワゾーさんの料理を忠実に伝えるのが僕の使命”といった山口シェフならではの、気概を日々感じ取りました」。効率を優先しようと手順を変えるのはもってのほか。ロワゾーさんだったらこう考えるという解釈のもと「“再現をする重要性”をひたすら学びました」。
この気づきこそが、吉田さんにとっての分岐点だった。「結果、スタッフにはお手本を見せることができます。そして店のクオリティ維持にも繋がります」。例えるなら、書道の臨書と同じだろう。テクニックを寸分違わず学び、再現することで、客観的な観察眼を鍛えることができる。それができて初めて、自分に還元され、オリジナリティを表現することに繋がるのだ。
「神戸北野ホテル」で6年過ごした後は、「野菜の美食」で名を馳せる、唐渡 泰シェフの元へ。大阪「リュミエールグループ」ではトータル12年キャリアを積み、総支配人兼、統括調理責任者も務めた。
「当時は、レストランやティーサロンなど8店舗を展開していました(現在はレストラン7店舗、ティーサロン2店舗、ブーランジェリー&カフェ1店舗の計10店舗)。日々、数字をチェックする事務仕事が、職務の半分を占めていました」。当初は、経理関係が得意だったとは言えなかった。しかし「やりたくないことをやる事こそ、人は成長できる」と自身に言い聞かせた。「結果論ですが、あの経験があったからこそ、独立する際は開業準備などで疲弊することが一切なかったです」。
また、唐渡シェフとは、一緒に過ごす時間が多かった。「料理の構成一つをとっても、シェフが求めておられるイメージのちょっと上のものをお出しすれば、半歩でもレベルアップに繋がります。唐渡シェフからは、先を読みイメージすることの大切さを日々、学ばせていただきました」。
2021年、8月に地元である神戸・北区の里山にて独立を果たした吉田さん。目の前には日本の原風景が広がり、軒先には干し柿が吊るされている。「視界に干し柿が入ってくるフレンチレストランは、ココだけでしょう」と笑顔を覗かせる。
店名が表す、摂津・丹波ならではの恵みのフルコース。大きな欅の切り株に散りばめたアミューズをはじめ、店の隣で収穫した「SETTAN米」を用いた一品が登場することも。さらにコースの途中、客と共に庭へ出て、旬の地素材を藁焼きにするプレゼンテーションもこの地ならではの醍醐味。「干し柿はお客様にお取りいただき、デセールとしてお出しします」という趣向も楽しい。多くの師からの教え、気づきをもっていま、吉田さんは五感に響く地の味を表現する。
これから独立を考える若手料理人に伝えたいこととは…。
「少しずつでいい。右肩上がりになるようなステージを選び、ステップアップしていくことが大切。その中で“何に気づくか”を常に考えるべきです。それらが積み重なると、5年後、10年後には“右上”に入れるのではないかと思います」。



住所 | 神戸市北区八多町屏風965 |
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TEL. | 078-224-5013 |
営業時間 | 11:00〜12:30LO、17:00〜18:30LO |
定休日 | 月曜(月曜が祝日の際は翌日) |
料金 | 昼夜ともにコース5,500円、11,000円、16,500円 |
web | https://settan-kobe.com/ |

[ 掲載日:2023年1月6日 ]