イタリア料理界の巨匠
グアルティエロ・マルケージ

菱田 雅己さん
「Restaurant MyS(マイス)」店主

京都と大阪の県境、島本町にある一軒家レストラン「MyS(マイス)」。木々に覆われた、別荘のような佇まいは、訪れる客を非日常の世界へと誘ってくれる。オーナーシェフ・菱田雅己さんは、イタリアの星付きレストランでの修業など、輝かしいキャリアを持つ。

「料理人人生の転機は、グアルティエロ・マルケージさんとの出会いに尽きます」と菱田シェフ。

1960年代から70年代にかけて一世風靡したヌーヴェル·キュイジーヌ(新フランス料理)の潮流は、70年代後半よりヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナ(新イタリア料理)としてイタリア本国で旋風を巻き起こした。
その中心人物が、グアルティエロ・マルケージ氏であり、1985年にはイタリア初のミシュランの3ツ星を獲得。2017年にこの世を去ったが、“マルケージ・チルドレン”と呼ばれる、有名料理人を数多く輩出した。
菱田シェフ曰く「出身者には、日本のイタリア料理界を牽引されているトップシェフも多いです。僕は、彼のもとで修業をした最後の日本人だと聞いています」。

マルケージ氏との出会いは14年前、菱田さんが26歳のとき。「当時、リグーリア州にあるレストランで働いていました。あの頃は、イタリアで生活の基盤を整えるのに必死。次の夢は、高級レストランでキャリアを積むことでした」。
ある日、イタリア北部ロンバルディア州・フランチャコルタにある「アルベレータ・グアルティエロ・マルケージ」へ食事に出向いた。あいにく、マルケージ氏は不在だったため、サービスマンに置き手紙をする。「このレストランで働かせてください」と。

数日後、断りの連絡が来たものの、ほどなくしてマルケージ氏本人から直接、電話が入った。
「お前はここで働く運命だったんだ」と。

「まさか、マルケージ・シェフから直接、お電話をいただけるとは…。僕にとって一生忘れられない言葉です」。

翌日、菱田さんの姿は、フランチャコルタにあった。「僕は、無給労働をする気は一切なかった。だから“労働許可証と給料は欲しいです”と伝えたところ、“いつだって控え目な、日本人の口から初めて聞いたよ”と驚かれました」。マルケージ氏の伝手で、住まいも決まり、正社員としてスタートを切る。

「伝説の料理人から、伝統料理をきちんと学びたい。イタリア料理の歴史に触れてみたいという思いが僕の根底にはありました」。芸術と音楽をこよなく愛した奇才シェフだった。家庭料理の延長であったイタリアの味を、芸術性と技術面において、進化させていった張本人なのだから。
「マルケージ・シェフは料理を考えるときに必ず、現代美術館へ行っていました。その好奇心と探究心は、僕たち若手コックも驚くくらい旺盛でしたね」。そんな師匠を一言で喩えるなら…?
「海みたいな人です。海って地平線はあるけれど、果てしなく続いています。何というか、計り知れないシェフなのです」。

マルケージ氏の、海のように穏やかな人柄が垣間見えるこんなエピソードも。

「ある朝、シェフが僕に声をかけてくれました。“おはようございますシェフ。調子はどうですか?”って。 “えっ? シェフはあなたでしょう。そうじゃなければ、あなたは僕にとって神です”」。
ジョークも交えたコミュニケーションもしばしば。「こんな若造にも、フランクに話しかけてくださるのです。シェフの人柄に、僕は心底惚れ込んでいました」。

マルケージ氏の類い希なる才能を目の当たりにしながら、菱田さんは人間力も高めていった。

グアルティエロ・マルケージ氏の元で働くことができたからだろう。その後は、名だたるレストランでキャリアを積むことができた。ローマ・ヒルトンホテルにある三つ星レストラン「ラ ペルゴラ」では部門料理長も経験。帰国後は「ハインツベック東京」のスーシェフとして活躍。その後は、京都「THE THOUSAND KYOTO」にあるイタリアン「SCALAE(スカーラエ)」でシェフを務め、2021年7月に「MyS(マイス)」を開く。

「マルケージ・シェフは、調理器具から皿、カトラリー、グラス、サービスまでトータルで目を光らせていました。その信念を少しでも受け継ぎたいと思っています」。

カウンター内の驚くほど広いオープンキッチンには、薪オーブンが鎮座。菱田シェフが設計し、地元・高槻の鉄工所で作ってもらった特注品だ。器は国内で活躍する作家ものを取り揃える。夜は菱田シェフが料理とサービスを一人でこなし、昼のみ奥様のさくらさんがサービスを担当。聞けば、彼女も現地の名レストランでの修業経験もあるという。

昼夜ともにコース料理のみ。「時代に左右されない味づくりを心がけています」と菱田シェフ。夜のコース料理のメイン「牛カイノミのアッロースト」は、薪オーブンで火入れを施したカイノミを軸に、きのこのだしを染み込ませた自家製ブリオッシュ、紫白菜やシャドークイーンのチップス、トリュフが作家ものの器をシックに彩る。「マルケージ氏のもとで学んだ、美意識を一皿のなかに表現することができたら」。

これは余談だが、夜のお客様の滞在平均時間は、4時間、いや4時間半なんてこともあるという。「夜の特別コース(約10皿)は、カウンター席でご提供しますが、料理に約2時間半。その後の、お客様と話し込むことも多くって、気づけばあっという間に時間が経っているってよく言われます。食後の会話が、ウチの最高のスパイスかもしれません」と微笑む菱田シェフ。

師から学んだ技と美意識、人間力ありきの、人と人の心が通じ合う、居心地の良いレストラン。ゆったりと席を配したシェフ・ズ・テーブルには、食べ込んだ常連客がその多くを占めるというのも頷ける。

「アルベレータ・グアルティエロ・マルケージ」で1年半の修業を終えた日に撮影。マルケージ氏と菱田シェフ。
夜のコース料理のメイン、この日は「牛カイノミのアッロースト」。季節野菜の色彩を料理に落とし込む。
椅子をゆったりと配したカウンター席。「自分の好きな空間にしたかった」と、薪オーブンを据えた広々としたオープンキッチンが印象的。
フロアにはカウンター席のほか、テーブル席もある。陽光が射し込む空間で過ごす、ランチタイムも至福。
「Restaurant MyS」
住所 大阪府三島郡島本町東大寺1-10-26
TEL. 075-285-4170(要予約、受付はwebの予約フォームから可)
営業時間 12:00〜13:30LO、18:00〜19:30LO
定休日 木曜、不定休あり
料金 昼コース4,000円〜、夜コース6,500円〜、特別コース13,000円
web https://www.restaurant-mys.com/

[ 掲載日:2023年2月24日 ]