2人の師匠の教え

神戸・御影にある「ブーランジェリー ビアンヴニュ」は、地元で愛され続けているパンの店だ。オーナーシェフの大下尚志さんは「子どもからお年寄りまでが食べやすいパン」をモットーに、日々シンプルなパンを焼き続けている。曰く「ふたりの師匠との出会いが、僕のターニングポイントです」。
「ビゴの店」のオーナーシェフ、故・フィリップ ビゴ氏と、「神戸北野ホテル」の総支配人・総料理長、山口 浩氏だ。
幼少の頃から料理を作るのが好きだった大下さん。「たとえば小学校の頃、陳健一さんのチャーハンのレシピを見ながら、家族に振る舞ったり(笑)」。
高校生の頃はサッカーに明け暮れ、飲食の世界を夢見て調理師専門学校へ。阪神・淡路大震災の翌年、「ビゴの店」に入社する。
「ビゴさんは当時、5軒あった店舗を毎日のように巡回しておられました」。だから大下さんは、ビゴさんから直接、手ほどきを受けることも多かった。
「何が驚きだったって、ビゴさんはパン生地を自在に操るんですよ! 加水率がとても多い生地だったとしても、一切手につかないんです。例えば、たっぷりのバターや卵を使う、イタリアのパン・パンドーロは、ベタベタの域を超えるくらい。それなのに焼成すると、膨らみすぎなくらいふっくらしていて、生地はしっとり。神技の領域です」。
大下さんは、ビゴさんのパン作りについてこう語る。「パンが生き物みたいに独特な動きをする。つまりビゴさんは、生地に魂を吹き込んでいました。単に美しく作るだけではダメだと気付かされました」。
入社3年目にして、店舗の責任者に抜擢され、直後に「ビゴの店 芦屋大丸店」の立ち上げに携わる。「パンの選定や原価計算、売上管理など。今思えば、本当に大変な日々でしたが、その経験が、新天地での修業や独立後に繋がりました」。
事務仕事をしながら、パン作りに明け暮れる多忙な日々だったそうだが、「どんなにしんどい状態でも、自分を楽しむことができるんです」。常にポジティブなオーラを放つ、大下さんらしい一言だ。
「ビゴさんは現場主義のシェフでしたし、ものづくりは“人”であることを日々、教わりました。だから僕はこれからも極力、厨房から離れることなく、パンを作り続けます」。
24歳で、「神戸北野ホテル」のブーランジェリー部門「イグレックプリュス+(閉店)」の立ち上げに携わることになり、ベーカリーシェフとして経験を積む。「何事にも常に挑戦させてくれたのが、山口 浩シェフです」。ベーカリーの商品ラインナップはもとより、ホテルや支店のレストランで提供するパンの種類も、大下さんのアイディアを聞き入れてくれた。「とにかく24〜25歳の若手に、任せないような仕事も山口シェフは、“考えながらやってみろ”と」。当時はフレンチレストランが母体だったため、ハード系のパンが多く「ビゴの店」での経験も生きたという。
「ビゴさんに、パン職人としての基礎を教わったのであれば、山口シェフは、次のステージ。“僕らしさ=オリジナリティ”の重要性を、気づかせてくださいました」と、にこやかな表情をみせる。
2012年8月、閑静な住宅街のある御影・山手幹線沿いに「ブーランジェリー ビアンヴニュ」開業。2018年4月には阪急六甲駅近くに支店「ビアンヴニュ コフレ」をオープンさせた。
御影本店のフロアには、定番や季節のパンはもちろん、焼菓子も豊富に揃い、大下さんが「パンに塗るならこのジャム」といったオリジナル商品も。
「“僕らしい”パン作りとは?」との問いに「まず、子どもたちに安心して食べさせることができるパンであること。そして、家で毎日食べたいと思えるような、シンプルなパンを作り続けたいです」。
だからこそ、添加物などは用いず、安心できる素材を厳選。
小麦胚芽を用いた香ばしさともっちり感が魅力の湯種パン「みかげもっちりん」、食パンを丸くして焼いた「かたやきコッペ」、クロワッサンやクロックマダムなどフランスの風を感じさせるものがあれば、あんドーナッツなど馴染みのある甘いパンも。
「SNSの書き込みで“思ったよりフツーだった”というコメントをいただくことも。その通り。ウチのパンは“普通”なんです(笑)」。
その背景には、ビゴさんのこんな言葉があるという。「“パンをおもちゃにするな!”と。だから、生地に組み合わせる副材料は3つまでと決めています」。
フランス語で「ようこそ!」という名のブーランジェリーには、子連れ客をはじめ幅広い層のご常連が行き交う。大下さんは厨房で仕込みをしながら、ふと手が空いたらお客さんと会話を楽しむのも、いつもの光景。街に根付くブーランジェリーは2023年8月、11年目を迎えた。




住所 | 兵庫県神戸市東灘区御影1-16-15 エクセレンス御影1F |
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TEL. | 078-771-2866 |
営業時間 | 9:00~18:00 |
定休日 | 日曜 |
SNS | https://www.instagram.com/boulangeriebienvenue/ |

[ 掲載日:2023年8月22日 ]