味覚と記憶

天王寺・茶臼山。緑豊かなこの地に「YARD Coffe and Craft Chocolete」はある。
シングルオリジンのスペシャルティコーヒーを軸にしながら、産地ごとに異なるカカオの個性を活かしたクラフトチョコレート、さらには質朴な焼菓子など作りたてのスイーツを提供している。
ディレクター兼ジェネラルマネージャーの中谷奨太さんは「素材を掘り下げ、素材本来の味わいを楽しむこと」に日々、重きを置く。その背景には、小さなチャンスを掴みながら好きを形にする、中谷さんらしいバックグラウンドがあった。
インタビューの始まりに、すっと差し出されたのは、淹れたてのハンドドリップコーヒー。
「COLOMBIA(コロンビア) Alejandro Renjifo(アレハンドロ・レンヒホ)さんのコーヒーです」と中谷さん。口に含めば、まぁるい甘みと程よい酸が軽やかに、伸びやかに広がる。すーっと身体に馴染むようなその感覚は、どことなく和食のだしを彷彿させる。
「まさに、だしのような染み入る味わいを突き詰めるのが、僕のテーマの一つです。角がなく、旨みと甘さ、酸の要素をバランスよく感じる、心に響くようなコーヒーを生み出したい」と、中谷さんの目が輝く。
物心ついた頃から、食に対して繊細な感性を持っていたのだろう。中谷さんが焙煎し、抽出するスペシャルティコーヒーがそう語りかけている。
それもそのはず。上本町「なかたに亭」店主の中谷哲哉さんを父にもち、「母は、昆布と鰹節からだしをひき、料理を拵えるタイプでした」。卓上にはいつも、ささやかな季節の果物が並ぶ家庭に育った。「父と母の影響もあり、幼い頃から食べることが好きでした。あの頃、僕の味覚は鍛えられたのだと、今となって気づくことが多いです」。
父と息子、といえば。
中谷さんが高校生の頃は「なかたに亭」の厨房に入りアルバイトも経験した。
パシティエに興味があったものの、「社会を知ることも大事」と大学進学の末、情報システムコンサルティングの仕事に就いた(自治体の情報システムに関する技術支援などのサービスを行う企業)。
社会人になってからも、休暇が取れたときは家業を手伝うことも。「あれはクリスマスイブの日。僕はケーキを求め行列を成すお客様へ、入場のご案内を行っていました。店内の熱気は独特のものがあったし、何しろ、なかたに亭のケーキを待ちわびておられるお客様がこんなにも多くいらっしゃると思うと、本当に嬉しかった」。
とはいえ職場は、遠く離れた東京だった。都内で多忙な日々を送るなか、欠かせなかったのがコーヒーのある暮らし。「豆を買って毎朝、自分で淹れて飲むのが日課でした。コーヒーは身近なものだったし、ずっと好きな存在でした」。たまたま、本社の近くにあったコーヒー店が「グリッチコーヒー&ロースターズ」(東京・千代田区)。
「当時の東京では、しっかりした味わいのコーヒーが主流でした。だけど、この店はシングルオリジンを軸にしながら、産地や農園の個性を表現した浅煎りのスペシャルティコーヒーを出していた。アールグレイのような茶葉に通ずる、やわらかな風味をもつ一杯は、香りもコクも、深い旨みも…とにかくずば抜けていたのです」。
通い続けるうちに「ここで働きたい」という思いが募る。中谷さんは意を決して会社を辞した。そしてオーナーに直談判をし、晴れてグリッチコーヒーの系列店に入ることが許された。
「スタッフは別の店で経験を積んだ者ばかりで、中には10年選手のベテランも。新人の僕が年上なんてこともザラだったし、追いつくために必死でした」。朝6時前に出勤してハンドドリップやマシンでの抽出の練習を行い、通し営業を経て、終電で帰る毎日を送る。また、赤坂に開店する新店舗の立ち上げにも携わることができた。
中谷さんは、両親から譲り受けた繊細な“味覚”を武器にしながら、修業先では“技術”を身につけ、さらに“経営”のスキルを会得し、“人脈”を育んでゆく。
「2年半という短い間でしたが、毎日が本当に濃かったし、今思えば点と点が繋がりゆく気配があったのかもしれない」。「グリッチコーヒー&ロースターズ」で培った技術・店づくり・人との繋がりをもち、独立を考える時期に差し掛かろうとしていた。
「父は以前から、“なかたに亭は一代限りの店”と言っていました。でもそれは勿体無いなと。“たとえスタイルは違ったとしても、何かの形で携わっていきたい”と直接、伝えました。後に父から聞いたのですが、僕のその言葉が“本当に嬉しかった”と」。
開業前には、ヒントを得るべく、両親と一緒にサンフランシスコへ。
ビーン・トゥ・バーで人気の「ダンデライオン・チョコレート」をはじめ、シングルオリジンのフレッシュな味を提供するコーヒー店も巡り歩いた。
「どのショップも自由な空気感があり、とてもラフな雰囲気だけれど、味づくりの姿勢は真面目。過ぎ去るトレンドではなく、地元の人に愛され続ける、そんな店づくりに刺激を受けました。導き出した答えが「素材を掘り下げる」と「クラフト(手作り)な味づくり」です」。
2019年4月に開いた自店では、父が築いた「なかたに亭」の強みでもあるチョコレートを、クラフトに立ち返らせた「ビーン・トゥ・バー」のお菓子作りに挑むことになる。「クラフトチョコレートを用いたデザートは、パティシエ・チームが父に手解きを受けながら、オリジナルの味を見出してくれました」。
シングルオリジンの豆に関しては、「約3年間、本町・丼池筋にあるロースタリー併設のコーヒー店「aoma coffee」の焙煎機をお借りして、焙煎させてもらっていました」。今では、自家焙煎にシフトした。
じつは2023年1月、大国町に開いた姉妹店「YARD Coffee House」に焙煎機を併設。今年8月から念願の自家焙煎を手掛けることになったのだ。
「今まではシングルオリジン推しでしたが、今後は日常に寄り添う・変化を楽しむをテーマに、シーズンブレンドの“AUTUMN BLEND”もリリースします」。
産地や農園の個性を際立たせるシングルオリジンに対して、ブレンドでは作り手(ロースター)の意図を伝えることができる。
オータムブレントであれば、「この夏、とても暑かったから…。猛暑で疲れた体には、あえて涼しげで爽やかな中に、ボディと香ばしさを感じられるブレンドコーヒーを」と中谷さん。程よい酸味とキャラメル香が広がる「ルワンダ」と、華やかでジャスミンのようなニュアンスを持つ「エチオピア」に、ナッティでチョコレートの雰囲気をもつ「ブラジル」を、それぞれ別煎りにしたものをブレンドした。
季節の移ろいを鑑みながら焙煎するその思想は、まるで、日々異なる気温や湿度に合わせてだしの按配や、あんのとろみを加減する、日本料理の味づくりを思い出させる。
味覚と記憶を紡ぎ、日本人が持つ繊細さをもち、素材らしさを掘り下げて。
中谷さんの挑戦は続く。






住所 | 大阪市天王寺区茶臼山1-3 |
---|---|
TEL. | 06-6776-8166 |
営業時間 | 10:00~18:00 |
定休日 | 火曜、第1・第3・第5水曜 |
web | https://yardosaka.com/ |

[ 掲載日:2023年10月18日 ]