人生を変えた名著「エル・ブリの一日」

日本の年間食品ロス量は523万トン(令和3年度)※消費者庁ホームページより。
食品ロス削減に向けた取り組みが社会課題とされるなか、フードロスをテーマにした店づくりに特化する料理人がいる。
鯛白湯ラーメン専門店を営む料理人・島村友多さんだ。ルーキーこと森悠汰さんと一緒に、2022年2月、中崎町に「フードロス専門料理店 Hi,KI(ハイキ)」をオープンさせ、2023年11月に「鯛白湯らぁめん 鯛記」を開く。
「今、僕がこうして飲食の道へ進むことができたのは、一冊の本が大きなきっかけです」と島村さん。スペインの伝説的レストラン「エル・ブリ(elBulli)」の料理をめぐる挑戦が綴られた一冊
【エル・ブリの一日〜アイデア、創作メソッド、創造性の秘密〜】(ファイドン)。
広島・東広島市で育った島村さんは、高校生の頃に名著と出合う。当時は、釣った魚を料理するのが趣味だった島村青年。「フェラン・アドリアさんの料理哲学、創作の思考回路など、若かった僕にとっては正直、理解できないことばかり。だけど何もかもが衝撃でした」。そうして大阪の調理師専門学校の見学に行く。
「だけど、専門学校に入学することはありませんでした」と苦笑する島村さん。じつは大阪滞在時、ヒッチハイクで全国各地を巡っている旅人に出会う。「その人に、“君は広島へ、新幹線で帰るんだ。リッチやなぁ”と言われてカチンときて、オープンキャンパスで来ていた天王寺から広島へ、ヒッチハイクで帰ったんです」。
好奇心旺盛だった島村さんは、高校卒業後、ヒッチハイクの旅人になることを決意する。
「所持金0円でのスタートでしたから、最初の3日間は食事もできない。甲子園球場前では、ケツバット(1発100円)で小銭を稼ぎ、食事にありつけたことも」。
1年続いた旅で気づいたこと。それは「食べることが一番困難だということ。衣も住も何とかなる。しかし食だけは人間にとって必要不可欠。どうにかして食べなければという本能と共に、食に対して敏感になる自分もいました」。
同じくして土地ごとの味、たまたま出会った人と共にした夜釣りと夜食など、価値のある食体験を自身に刻むことになる。
人生の分岐点は、ヒッチハイクで訪れた北新地でのこと。「通りすがりに出会った方から“お金が必要なら、行きつけのバーが求人募集しているから行ってみたら?”と」。ひょんなことがきっかけだった。島村さんは、新地の人気バーで3年間、キャリアを積むことになる。「料理と酒、もちろんサービスも学ぶことができました。出会いにただ、感謝するばかりです」と島村さんは目を細める。
独立後は、修業時代に大阪で出会った男・ルーキー(森さん)と一緒にビジネスをしようと誓い合っていた。「共同代表のルーキーは、社会問題をテーマに起業したいと。僕は飲食店での経験があり、それならフードロスをテーマにした店を開こうと、思いが一致」。
開業前は、フードロスをテーマにしたイベントを20回以上主催しながら、全国各地の農家や漁師を訪ねる日々が続く。第一次産業に関わる方々と交流を深めながら、ロスになる食材の産地直送の仕組みを構築。
なかでも高知・須崎で鯛の養殖・加工をおこなう「株式会社 みなみ丸」の森光さんとの出会いが、島村さんの運命を左右することになる。
「森さんが言うには“鯛のアラや骨の使い道が、とにかくないんだ”と。魚の餌にはなるけれど加工にコストがかかるため、廃棄するしかない状況でした」。そこで島村さんは、骨でスープをとる鯛白湯ラーメンを発案する。
かくして昼は鯛白湯ラーメン専門店として、夜はフードロスをテーマにしたバルとして店を展開するのだが……、ある大きな壁にぶつかることになる。
「規格外の野菜であればトマト20kg、リンゴ30kg…。また、ジャージー牛の雄牛を一頭買いすることもありました。個人店としては手に追えないロットだし、決して安くはない価格で買い取っていたので、輸送費も重なると採算が全く合わなくて」。
2023年1月より、鯛白湯ラーメン専門店「Hi,KI」としてリスタートを切った。
「森さんの鯛のアラは、売り先が見つかり、フードロスは解決したので」と、現在は三重・南伊勢にある「友榮水産」から真鯛のアラを仕入れている。「友榮水産」の代表・橋本 純さんが養殖する真鯛は、「とにかく質も鮮度も高いんです」と、目を輝かせる島村さん。今では「Hi,KI」と「鯛記」の2店舗で、年間2.5tもの真鯛のアラを使う。
「友榮水産」の橋本さんは、彼らの取り組みについてこう話す。
「鯛の可食部はたったの35%。つまり残りの65%は“未使用部位”なのです。中骨や頭など普段は捨てられている、未使用部位をしっかり食べてもらえることこそ、価値があると思っていて。見向きもされない部位を、料理に変えてもらえるのが大変嬉しい。彼らの取り組みのおかげで、可能性が広がりました。これからも応援していますよ!」と橋本さんは微笑む。
先月オープンした「鯛記」で「鯛白湯らぁめん」をいただいた。
真鯛の頭・ハラ・背を霜降りにした後、高火力で3〜4時間煮出す。醤油ダレには、鰹節・昆布・干し椎茸の旨みを加えている。
美しい乳白色のスープは、ブレンダーで撹拌していて、きめが細かくシルキーな舌触り。真鯛の太いコクが膨らみつつ、清々しい香りが広がる。濃厚なスープは中太麺との絡みがすこぶる良く、添えられた、柚子の果汁の泡(エスプーマ)の香りが全体を引き締める。
「そういえば、エスプーマはかつて「エル・ブリ」から生まれた新しい調理法でしたよね」と微笑む島村さん。
エル・ブリの一冊に感化されたかつての青年は、「店頭ではあえてフードロスを謳っていないですが、食べることで勝手にフードロス削減に貢献できる仕組みになれば良いなと。今後は、鯛のアラを用いた鯛飯、さらには鯛カレーなど商品開発にも力を入れていきたいですね」と意気込む。



住所 | 大阪市西区江戸堀1-23-21 |
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TEL. | なし |
営業時間 | 11:00〜15:00、17:00〜22:00 |
定休日 | 土・日曜の夜 |
https://www.instagram.com/taiki_taipaitan/ |

[ 掲載日:2023年12月20日 ]