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「人・街・店×PRODUCER」Program 2:料理と講演:「オーベルジュの朝食に求められるもの」 2/2

「人・街・店×PRODUCER」Program 2:料理と講演:「オーベルジュの朝食に求められるもの」 2/2

Program 2:Program 2:料理と講演:「オーベルジュの朝食に求められるもの」 2/2

講師紹介
料理と講演:山口 浩氏
「神戸北野ホテル」総支配人・総料理長

先ほど、自己否定の話をしました。これは、私の師ベルナール・ロワゾー氏の教えにもありますし、自分自身、常に料理する時に取り組んでいることです。昨今、しきりに「分解と再構築」がいわれていますけど、私は修業している頃にロワゾー氏に教えてもらいました。ロワゾー氏の料理は「水の料理(キュイジーヌ・ア・ロー)」といわれていますが、じつはフランスで働いていた当時も、そんなに一般的なテクニックではありませんでした。日本に帰ってきた90年代、その料理を出した時、難しい顔をされる先輩たちもいらっしゃいました。フランス料理といえば生クリームとバターだ、やっぱりそのほうがおいしいと、食べに来られた方たちにいわれました。一般のお客さんより、同業者のほうが多くそういうことをいわれました。それから25年以上たっていますけど、新しいフランス料理店で「ア・ラ・クレーム」とか「モンテオブール」とか、生クリームやバターを使う料理がどれだけ存在感があるかというと、そうではない。懐かしい料理としてはあるかもしれないけれど、料理は素材を重視するものになっているし、そういう時代に変わってきています。私は、お客さんのサラダを求める声に対し、サラダを出すのではなく、求められている本質的なものは何かを考えてジュースに替えるようなことをしています。それがどういうところから生まれているかというと、ロワゾー氏の「キュイジーヌ・ア・ロー」は、生クリームやバターを排除する料理ではなく「対話の料理」だと考えているからです。

「対話の料理」というのは、お客さんとの対話の中から生まれてくる料理です。ロワゾー氏が1982年にほぼ完成させた手法。生クリームやバターを排除したフランス料理を作ろうとしたきっかけがあります。じつは「ラ・コート・ドール」はアレクサンドル・デュメーヌという料理人が開いた館でした。1950年代にはガイドブックでも評価されて世界から人を集める有名なレストランでした。アレクサンドル・デュメーヌはフランス3大料理人の1人なんですけど、あまり知られていないのは次の世代を育てていなかったんですね。彼が引退した後、1970年代には廃れたレストランになっていた。ブルゴーニュ地方にあるレストランの前には国道6号線があって、パリから南フランスまで行く時、往時はまだ車の性能もよくなかったので中継点というか一泊するところだったんですね。フランスにはご存じのようにパリから南フランスまで「美食街道」がありまして、街道にいいレストランがすごくあります。今はボルドーにもいいレストランがあるし、交通網とか環境は変わってきていると思います。ロワゾー氏がその「ラ・コート・ドール」をまかされた頃には、オートルートという高速道路ができていた。車の性能もよくなり、高速道路を使えば南フランスまで一直線で行けます。そんなんで少なくなったお客さんが、たまに来られても新聞を読みながら食事されるようなレストランになっていたそうです。その多くが「昨日はパリで美食。明日は南フランスでまた美食。だから、今日はなるべく軽いもの、あまり重たくないものが食べたい」という。ロワゾー氏は、そうした状況を見て、フランス人がフランス料理を怖がる、自分の作っている料理は求められているものではないんだという仮説を立てた。そして、創り上げたのが生クリームやバターを排除した新しいフランス料理「水の料理(キュイジーヌ・ア・ロー)」でした。それは、素材を本当の意味で大切にする料理です。無味無臭の水を媒体として旨みとか香りを引き出す。今ではほとんどのフランス料理がだしの「ジュ」をどうとるかということですけど、その頃はそうではなかった。ソースでも、肉のソースですとマデラ酒を使ったり、アルコール強化ワインを使ったり、ジュを煮詰めたものに生クリームで戻してクリームソースを作ったり、酒を煮詰めてそこにバターを入れて「バターモンテ」したり、当時、一世を風靡しましたけども良質のバターを使う「ブールブラン」ですから、ロワゾー氏の料理はものすごく新しい料理でした。時代が、お客さんの体が、求めているものを自分たちが作らなければいけない。そういうところに着目して作っていった「対話の料理」なのです。

私たちが携わっている料理は「ガストロノミー」といった部類です。ホスピタリティ産業は、代替性が高くて、ある意味あってもなくてもいい。そういう仕事に携わっているわけですが、そしたら私たちの仕事は必要ないのかという話になると、そうではない。佐藤さんもおっしゃっていたように、私らの仕事というのは人生に潤いとか、楽しみとか、そういうものを与えるもので必要不可欠なものだと思っています。代替性が高い。けれど、その中でどのように企業として、レストランとして生き残っていかなければならないのかを考えた時、やはりお客さんの趣向というものの先を見て、半歩先を進むものを作っていかなければならないと思うのです。そうすると、これからは「健康」なのですね。400万年前の化石人骨ルーシーから人類だとする説と、40年万前の北京原人から人類だとする説があります。400万年前のルーシーが人類の始まりとする根拠は、二足歩行をして両手があくようになったから。そこからが人間という説です。北京原人は40万年前に初めて火を使った。そこからが人間という説です。400万年前と40万年前って、聞いてもなかなかピンとこないんですけど、400万円と40万円だと大体、距離感がわかると思います(笑)。40万円に比べ400万円だと一生懸命せんとあかん、みたいに距離が結構、遠いですよね。今の時代なら1円にも満たない、それくらいの時代の距離感がある。食べることは命をつなぐことです、私たちの最大の仕事は次の世代に命をつなぐということなのです。

関西食文化研究会の中でもよく出ます。味覚の五味と33センサー。甘味が1、酸味が2、うま味が3、苦味が25、そして塩味が2。この33センサーを使う。苦味のセンサーが25もあるのはなぜかというと、毒に反応するためです。味覚はおいしいものを食べるために備わったものではなくて、危険から回避して命を守るために備わったものです。私たちがものを口にする前に持っている力はどういうものかというと、香りの350から400のセンサーを持っている。これは生まれながらに好き嫌いはないらしいです。多分、土地によって食べていい香りとそうでない香りがあったり、風土的な条件があるからだと思います。まず香りを嗅ぐ、それで安全を確かめて、最終的に33の味覚センサーと400の香りセンサーを使って選り分けて、33の味覚センサーを使って体に入れるということだと思うんですね。フランス料理も、直感的においしいと思うものはそんなに難しくありません。3つの要素を合わせているだけです。それは何かというと、タンパク質と脂質と糖質です。この3つしかない。これはカロリーです。カロリーが好きでなければ人は次の世代に命をつなぐことができません。日本料理は今なぜ、これほど注目されているのかというと、うま味だと思います。うま味にはカロリーがない。だから西洋人は驚愕したようです。日本人はなぜカロリーのないもので喜んでいるのかと、日本料理に関心をもたれたんですが、じつはこれには落とし穴があります。日本人はうま味だけで生きているわけではない。関西はうどん文化ですけど、うどんひと玉を生で完食された方いらっしゃいますか。うま味の入っただしがあるから、うどんが食べられるわけです。それも生きるため。タンパク質、脂質、糖質を摂取するためにうま味があるわけなのですね。
世界が、うま味にはカロリーがないと驚いたり、日本料理に注目が集まるのは少し行きすぎているのかなと思います。そういう意味でも、調味料を使わないフランス料理が日本の四季というもの、24節季72候をフランス料理のテクニックで作れば、世界最強の料理ができると、私は考えています。まさに今もそういうことを実践して作っています。私の考えに間違いはない、そういう確信を持ちつつあるということを最後に発言させてもらい、私の講義を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

『試食用メニュー「モーニングプレート」』

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