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「火入れ」Program 1:基調講演:「西洋料理における加熱調理の歴史と変遷」
Program 1:基調講演:「西洋料理における加熱調理の歴史と変遷」
講師紹介

言葉で引き継がれてきた料理
確実に、こうだったと言い切れるようなものというと、フランス料理では、中世からしかないんですね。中世には、写本で書き残したものがある。料理は言葉と文字で引き継いできたことなんです。こういうふうにつくるんだといわれ、見て、聞いて、まねをしてきたということなんですね。フランス料理で写本が残っているのは、1326年に料理人になったであろうといわれている通称、タイユヴァンというのがおります。本名ギヨーム・ティレルというんですが、1326年に12歳だったといわれています。最後はシャルル6世に仕えて、1395年までの記録があります。最終的には宴会全体を取り仕切る給仕長になります。80歳前後で亡くなった長命な料理人です。その間に本を一冊書いておりまして、『食物譜(ヴィアンディエ)』という本です。この本を見るとこの時代の料理は大体わかります。
次に中世の時代のものの考え方の話です。科学がなかった時代ですので、食の背景にあるものはすべて宗教的、社会的規則が世界観にあるわけです。まず中世の宗教的考えのピラミッドの一番頂点にあるのは神ですね。その次に火、大気、水、土、無生物と下がっていきます。人間の身体の中に4つの体液が流れていると考えていました。この体液が人間の健康すべてを支配していると考えていました。この相互バランスが悪くなると病気になると考えていた。
ルイス・トゥーフというフランスの食肉の研究者がいますが、中世の時代は肉は新鮮だったというのです。もちろん冷蔵庫はありませんので、冬場でも屠殺後、3日以内、夏場は1日を超えては販売をしてはいけないという法令があったといっています。肉は熟成を無視して、早く売り切るという法令でしたから肉は新鮮なものだった。ただ、やはり屠殺して1日後は死後硬直があって固くなるので、おいしくはない。料理人が熟成を考えて寝かせたわけです。
技術と曖昧さの伝承
こういうふうに、料理はずっと脈々と引き継がれてきました。
それは経験による技術の引き継ぎがあったわけです。その技術をもらった人は、その技術と同じものができるように伝えてきたわけです。それが科学的に証明されてきたのは、つい最近の話です。僕らがやってきた料理は、少しずつ年代を重ねることによって、引き継がれた技術が、今度は個人のものになり、そこに個人の考えが入り、少しずつ変わっていきます。それは個人の見聞きした経験がミックスされ、それが代々継がれるのです。
そこに人が伝える「曖昧さ」が生まれ伝承されてきました。それが正しいか、正しくないのか、あまり気にしなかったんですね。悪いといえば悪い、いいといえばいい。料理の作り方にはたくさんの過程があり、これだけという確かなものがないという安心感も、料理人にはあったわけです。自分がやっていることが正しいと確信しているのです。
19世紀終わり頃からコークスを使った調理台やしばらくしてからガス台が出てきて、画期的に料理は変わるわけです。鍋の形も調理台にあわせて変化してきた。同時に調理科学という学問も出でくるわけです。調理科学が出てくると、料理人に脈々と引き継がれてきた「曖昧さ」は、こうだと解明されていった。鴨はロゼで焼きます。中がピンク色の状態です。タンパク質が凝固しない温度です。たとえば目玉焼きをフライパンで焼くと周囲から火が通ってどんどんと白っぽくなります。タンパク質が凝固するから白くなります。肉でも同じようにタンパク質が凝固すると白くなる。凝固しないと赤いままです。火は通っているが、凝固していない、これがロゼの状態です。その温度というものが、研究でわかってきたわけです。
肉によっては多少違いますが、50度以上は生ではない。58度だったら白っぽくならないという、アバウトな温度が出てくるわけです。55度だと火が通っているが、ロゼの状態で仕上がる。こうわかってくると機器も出てくる。スイッチさえ押せば55度に設定できる機器も開発されるわけです。こういう機器が出てくると、誰もが同じものをつくれる。料理人が見て、聞いて、伝えられた曖昧さが、どんどんなくなってくる。きちっと証明されるわけですから。正確に言うと焼いた肉は二度と同じものを焼くことはできないわけです。ということはいつも正確には同じ条件でないわけです。どこまでも曖昧さが付きまとうわけです。
フランスの食評論家、ブリア・サヴァランは『美味礼賛』を書いています。曰く、料理人の職務とは「科学者と物理学者の中間に位置せしめる」。われわれがやっている料理はフライパンを火にかけて、炎を見ながら、炎の大きさ、色で、火力を決める。肉を焼くとジュッといって変化してくる。実は料理人は、科学者であり、物理学者でもあり、その中間にあったという。料理人の資質に関しては「無限幾何学、すべての上において観察力、洞察力と天才のひらめきと努力が必要だ」つまり、「こうした方がおいしいだろう。こっちの方がいいのではないか」と決めてきた。閃きと洞察力、「ひょっとすると、こうじゃないかな」と思う。閃きと、最大に努力をすることが必要であるといっています。この本をずいぶん前に関根秀雄先生が日本語訳されていまして文庫本で出ています。今の言葉は、下巻の135、113ページに出ています。
フランス料理人は、中世の頃から600年近く。料理人同士、経験を伝え、経験を受け取って、引き継いできました。ただしそこには正確性でなく、曖昧さがあった。曖昧さの中に、料理人のつくる面白さと、喜びがあるということで締めくくりたいと思います。あとはサイエンスの方は、川崎先生の方にお願いしたいと思います。ご清聴ありがとうございました。



