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![「リクエスト・ワークショップ(1)70年代生まれの料理人とともに探る未来」Program 1:料理プレゼンテーション [フュージョン]](https://food-culture.g.kuroco-img.app/v=1774927649/files/topics/594_ext_2_0.jpg)
「リクエスト・ワークショップ(1)70年代生まれの料理人とともに探る未来」Program 1:料理プレゼンテーション [フュージョン]
Program 1:料理プレゼンテーション [フュージョン]
講師紹介
「栗のプリン コーヒーとラム酒のゼリー」

門上 藤原さんは、この10月、「ミシュラン関西版〈2012〉」で、見事に三つ星のシェフになられました。スペインで脳神経外科医がシェフというレストランで修業されています。記憶を呼び起こすには一番大事な部分は脳ですからね。
藤原 今回のテーマ「記憶をゆさぶる」というのは、店のコンセプトに合うことでもあります。けれど、店で出している部分と、ここでいかに感じていただけるか、悩んだ部分があるんです。というのは、記憶というのは人それぞれ感じ方が違います。例えば、春に桜が満開で桜吹雪が散っているのを、すごく春だと感じる人もいれば、小川の横で雪の中にちょっとだけ青芽が出でいるのを春だと感じる方とか、それぞれ記憶の経験とか知識によって大きく異なる部分があるのです。今回、その上で、どう感じてもらえるか、考えたところでもあります。
僕が記憶とかを取り入れようと思ったのは、スペインで、脳神経外科医が週5回シェフをするという人からいろいろ学びました。彼は「おいしいと感じるのは舌ではなく脳だ」といっていました。味覚を含めて五感というのは、そこだけではただの神経信号にすぎない。もう一歩進んだ「おいしい、まずい、辛い」などは神経信号をもとに脳が判断を下すものだと彼はいいました。その判断を下す際に重要な役割を果たしているのが、過去にこの信号がこういう結果だと、脳に蓄積された膨大な記録、記憶だと。そこに注目して料理を作っていくようになりました。リンゴの味というのは味覚だけではなく、視覚や嗅覚など、その他の要素も含まれて判断する、とよくいっていました。こういう脳の働きを前提に考えると、料理が、もう少し幅広く、同じ食材でもおいしくなるのではないかと考えたのが、彼の料理で、私もそういうふうに感じています。
例えば、シンプルなシーフードのスープを食べます。海の近くで波の音を聞きながら潮の香りをかぎながら食べるのと、山に登って森の中で山小屋の中で食べるのが、同じ味だったとしても、どちらの方がおいしいと感じるか、ということだと思います。海の近くは魚介が新鮮だとか潮の香りがあるからシーフードがおいしいということもあると思うのですが、人の記憶と味覚が結びつくことによって、よりおいしく感じるのではないかと思います。
今回、紹介するプリンも、そういう記憶をゆさぶるものです。秋は、焼き芋や落ち葉を燃やして焦げた匂いもありますし、町中にいると忘れてしまいがちですが、田舎にいけば畑の草を燃やして焦げた匂いがします。嗅覚は五感の中で一番理性が働きにくい感覚だそうです。よく道を歩いていて、何かの香りを感じて昔の記憶を思い出すことがあると思うんですが、脳が「何かな?」と考えるのではなく、無意識のうちに感じて記憶として思い出して探していくのです。今回のプリンの食材の栗の焦げた匂い、それに茶色を使って無意識的に秋を感じてもらうことによって、同じ食材でも、よりおいしく感じていただけるのではないか、というのが今日のテーマです。
門上 脳神経外科のシェフから学んだことが基本にあるということですね。
藤原 働いている時は、こういうものかなと思う程度でした。が、実際、日本に帰ってきて料理を作るようになり、日本料理とかも五感的なものが使われていると感じ、日本で料理するにあたっては、こういうことを駆使してやるのがいいのかなと思うようになったのです。そのことによって、同じものでも食材をよりおいしく感じていただける。秋の食材だということを感じていただけるのではないか、と考えているところです。
門上 「よりおいしく」という言葉が、よく出てきますが、料理は最終的には、そこにあると?
藤原 基本的には「よりおいしく」ということでやっています。
門上 それでは、お願いします。



藤原 今回、作り方はシンプルです。プリンは、材料を入れて蒸したもの。ラム酒を入れてゼリーをプリンの上に、ざくっと大さじ一杯半くらい加えます。そこにあわせたミルクをかけます。秋ということで、色的なもの、味とかも秋を感じるものとしてコーヒーの香ばしさとか、ラム酒の甘い茶色い感じ。ミルクは相性です。
栗は、鬼皮をとって剥きまして、渋皮をつけたままシロップでガストロバックという機械で減圧しながら火を入れていきます。真空パックではないんですが、釜の中で炊いていきます。渋皮をつけたのは荒々しさを出すことと、渋皮の香りをつけるためです。ガストロバックを使うのは、次のような理由からです。栗は炊きすぎると皮が割れやすくなってしまいます。栗キントンのようにじっくり煮込んでいくと、味が調理した味になってしまうので、より自然な、蒸したものをそのまま一口で食べる感じをだしたいからです。ガストロバックを使うことで、皮を剥いた時にも崩れず、蒸したような、自然のままの味を味わっていただけるのではないかと思います。
スペインの卓上の燻製器で、煙をたてて燻し、それに栗を入れるんですが、これは直接チップを燃やして煙を出し、燻製を作っていきます。燻製した栗を、本来は2回燻製をかけるんですが、栗の皮を直接燃やして煙を出し、少し燻してから提供します。
門上 出来上がりました。試食では、後から出します栗の次にプリンを食べてください。
門上 燻製は、本来ならば2回ということですか?
藤原 あまり焦げた匂いをつけすぎるといけないので。栗に軽く燻製をつけた上で、焦げた栗をお出ししています。
門上 これはお客さんのテーブルで、目の前でやられるのですか?
藤原 燻製したものを、出す直前にオーブンであたためて、提供します。
門上 厨房が機器なんですね。
藤原 テクニック的なものは表に出さないようにしているので、厨房でやっています。ガストロバックとかはお客さんの前に出すものではないので、わからないように使っています。
門上 川崎先生、上野さんは食文化で、高山さんは自然の切り口ですが。
川崎 藤原さんの料理も「自然」だと思います。ただ、「加工された自然」。加熱された自然、焚き火とかのイメージだったと思います。それが記憶を呼び起こすのです。
脳科学的なことでいうと、脳には扁桃体があり、おいしい、まずい、を判断する。嗅覚情報は味覚情報とは違って、扁桃体にすぐ情報がいく。味の情報は脳の後ろ側から回ってくるんですが、嗅覚はすぐ、好き嫌いが判断される。短気な人だったら臭いものがあれば、即「臭い」といっちゃうんです。それはなぜかというと、嗅覚情報が、すぐ判断されて、口に「臭いといえ」という指令が出るようになっている。匂いは重要で、燻製の香りを嗅ぐと皆さんの頭の中で、それぞれの体験、火遊びとか、焼き芋とか、パッと頭に出てくる。それを味わっているんですね。村田さんがおっしゃるように普遍的に好まれる香り、燻製の煙の香りとメイラード反応の香りの二つは、世界中どこでも体験としてある。人間はどこでも火を使っていますからね。それが、世界中で通用する料理になっていく理由でもあるんです。茸や発酵食品には、土地ごとの好き嫌いの感覚があります。それが食文化ですが、文化を飛び越えるのが、加熱された香りというものだと思います。
もう一つ、香り成分は、どこかに固定して、どこに保存して、どうリリースさせるかが大事です。香りの多くは油に溶けますが、燻製の香りは水に溶けるんです。さらに粉に吸着することもできます。栗に香りをつけるのは大変だと思いますが、だから2回燻製するのでしょう。入りにくいからなんですが、表面の糖に吸着させるのに時間がかかります。香り成分が油に溶けるものが多いので、油を減らすと、どうしても香りが落ちる。だから粉を使うこともある。日本料理は油を使わないから燻製の香り、鰹節の香りを使って、吸い口とかをおくことで香りを出すのかも知れません。今回は水も使わず、油も使わないで、栗そのものの固体に香りを移している。それが、おししい理由なのかなと思います。
門上 香りとメイラード反応は世界共通ですが、食材の香りは、それぞれの土地によって違いがある、と。この料理を世界に共通するということから考えれば、もっと何か考えられますか?
藤原 コース全体を、色的なものや味を工夫して作り上げていきたいと考えています。
門上 今日は教室ですから、料理だけですが、藤原さんは、店の照明によって色も変えておられるとか?
藤原 時間差によって、はじめは明るくて、夜が深くなっていくと照明が落ちていって、夜の暮れる感じ、静けさを出したいなと思っています。
門上 最後のデザートの時には照度は落ちていて、灯だけで食べていると?
藤原 タイマーで設定した照明で、時間の経過をわからないようにする作業をしています。暗い時に感じる食べ物は、暗いと、より研ぎ澄まされていきますから。デザートの頃に、きれいな盛りつけで、もったいないんですが、より食感とか、味とかが変わってくるのではないかと思うんです。
門上 照明で、そういう効果が得られるのですね。
川崎 目の細胞に2種類、色がわかる細胞と暗さがわかる細胞とがあるんです。照度が落ちていくと色がわかりにくくなる。それをどう持っていくか。あえて派手な色にするか、明暗、色のグラデーション、濃い茶色と薄い茶色というふうに持っていくか。どっちに持っていくかですね。視覚までコントロールされているのは、すごいなと思いました。
藤原 谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の中で、羊羹のシーンなどを読んだりすると、こういうのがあるなと、ちょっとずつ意識して。
川崎 日本の軒下の仏像とか絵も、その照度で見て初めて昔のよさがわかるということですから。それも文化ですね。どういう文化を経験させていくか、それが大事で。今回、加熱された香りも、小さい頃から焼き芋の体験がなければ、わからないものです。そういう文化を醸成して、わかるようになるためには、経験が大事ですね。

門上 また新しいテーマが出てきました。羊羹の話が出てきて、暗い中で羊羹を食べるのがほんとに羊羹の味がわかるというのは日本人らしい、海外では考えられないテーマですよ。それとある種、先端技術を結びつけて、まさしく藤原さんの料理という気がしますよね。照明の話も面白いアプローチだなと思いました。
木下 つい先日、これをレストランでいただきました。箱の中に入っている栗が、開けた途端に香ばしい香りがして、この栗を食べてから甘いプリンを食べると本当に脳の中に秋の感じる1品でした。人間が食べる味わいというのは、わりと錯覚が多いんですね。たまたま昨日、NHKで「錯覚」というテーマの番組を見ました。バーチャルに映像が見える眼鏡をし、鼻のところに空気が出るようなチューブがあり、チョコレートの香りを流しながら眼鏡を通して見ると、普通のクッキーがチョコクッキーに見え、チューブからチョコの香りを流す。そのチョコの香りを嗅いで食べてみると、普通のクッキーの味まで変わるということを研究されていました。人間の味覚もコントロールできるようになっているわけですね。思い出は一人ひとり違うので同じようにはコントロールできないわけです。できるだけ多くの人の頭の中をコントロールできることが可能になってきていると思います。反面、これから料理人として未来のことを考えるとすれば、未来にどういう味覚を表せられるかというところに課題をおかないと、記憶という過去にしかいか美味しい思い出はなくなる可能性がある。未来の方にコントロールをしていくとしたら、どうしたらいいかということも、テーマに入ってくると思います。どういうことが未来かは、思い浮かびませんが、そういうことも一つあると思います。
門上 またもう一つテーマが出てきましたが、村田さんはどう思われますか?
村田 東洋系の民族は穀類の焼け焦げる匂いに弱い。ヨーロッパの人たちはキャラメルの香りに敏感に反応するけど、東洋系は穀類を昔から焼いて食べているから、栗に焦げ目がついていると、おいしそうと思う。おいしそうと思う時、半分以上おいしい。こうやって見てみていくと、だんだんボーダーがなくなってきて、どこの民族系の料理であるかということになってくるんだろうなと思います。和食の人間にしてみたら、絶対、読まないといけない本に『陰翳礼讃』があるわけで、和食にとって、最も重要なのは「設(しつら)える」。設えるということは、空間自体をどこかに持っていく。その時に空気を作ってしまう。その土俵を作って、その中にものを出した時、照明を変えたり、香りを出したり、そのものに集中させて、1が、2にも3にもなるというのが、今の料理ですね。微妙に空間と場所を変えると、難しい日本料理もあるけど、世界でボーダーがだんだんなくなりつつあって、若い人たちの料理には、苦味とテクスチャーと臭覚に集中した料理が、どんどん増えてきている。それは京大の伊藤先生の論文集が4冊くらいありますから、それを読むと、どこがどうすると、うまく感じるか、というのがよくわかります。そういう点では誰が教えるわけではないが、世界中が同じような切り口で次の模索が起こっている段階だと。だんだんボーダーはなくなっているなと。ここにいる3人の料理は全部、世界では日本の料理と評価されるようになってしまうのかなと思うんですけど。
門上 上野さんは、藤原さんの料理はどうでしたか。
上野 和食の考え方では、安心を求める、見た目も。食べものって「この時期はこれがおいしいな」と感じてもらえる料理を出します。今日は刺激になりまして、和食も、もう少しアプローチの仕方があるのかなと感じさせられました。
門上 高山さんはどうでしたか。
高山 栗を食べてからプリンを食べる、という順番が一つのテーマなのかなと感じました。その時に、コーヒーの苦味を心地よく感じたのです。
門上 いろんなテーマが出てきて、ボーダレスとか料理とは何かというところまで話が広がりそうなので、ここで一旦、終了して、この後、話し合いの場をもちたいと思います。皆さん、どうもありがとうございました。

