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アブナいのに、クセになる。「苦くて旨い」Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」
Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」
講師紹介

まず、エネルギー物質(三大栄養素)は味がないという、根本的な問題があります。炭水化物は分解しないと甘味を感じない。炭水化物は糖がつながったものです。ご飯をずっと噛んでいくと甘味が出ます。唾液のアミラーゼで炭水化物が分解して糖が出るからです。ご飯自体は、そんなに強い味はありませんね。炭水化物もタンパク質も味を感じることはできません。タンパク質が分解したアミノ酸が味を感じる。油も味がない。味がないからシグナルがいるんです。甘味はエネルギーの情報、塩味はミネラルの情報、うま味はタンパク質の情報。その3つを認識して味を味わうことが食物を摂取することになります。ところが苦味は、実は毒物の情報なので、本来は忌避されるものです。
ではなぜ、苦味の話が皆さんにとって重要なのか。オートキュイジーヌ=高級料理においては、苦味も重要なのではないか、と思います。匂いとか香りへの嗜好性は、学習が必要です。小さい頃から、ある食品を食べて、匂いと味わいを学習してどんどん好きになっていく。苦味も、この学習が必要なおいしさです。高級料理って、学習が必要じゃないですか。お金を払って学ぶ。苦味も同じなんです。
舌には味覚受容体があります。舌の受容体に味物質が結合して電気信号が細胞で発生し、それが味覚神経によって脳に伝わるのです。味覚は5味といわれます。嗅覚は1万種類の匂いを嗅ぎ分けるといわれています。5×1万で、一体どれだけの風味を、どれだけの情報を脳に送ることができるか。さらにストーリー、時間もかかわってきます。僕の考えですが、視覚の感動よりは、おいしい料理の感動はすごいものができるのではないか。
口の中に入れて、どういう順番でフレーバーが感じられるかは大事な話だと思います。つまり、フレーバーデザインという考え方ができるのではないか。これからは、最初にどんな味にしようか、こうデザインしようという考え方もできるのではないかと思うのです。そのためには、匂いはどういうふうに、舌はどういうふうに感じて、というのがわかることによって、より明確に意識してフレーバーデザインができるのではないかと思うんですね。
実は、苦味の受容体は25種類もあります。塩味は2種類くらいしかないといわれていて、酸味は2種類、甘味は1種類、うま味は3種類、苦味だけ、25種類ある。それはなぜか。この程度の苦さだったら毒はないと、できるだけいろんな苦味を認識して、これはそんなに苦くないから食べようと判断するのです。舌の後ろの方に有郭乳頭という味を認識する部位があります。そこに唾液が溜まっていて、苦味成分が入って感じるので、時間がかかったり、後味が長くなるのが、苦味の特徴です。反応時間も長い。口に入れて0.7秒くらいしてから感じるといわれています。
匂いと味の組み合わせもみておきましょう。匂いは連合学習だといいましたが、例えば、バニラ。バニラの香りはバニリンという成分で、なぜ甘いかというと、連合学習しているから甘く感じる。同じく、塩辛い匂いとソトロン。だしの香り、醤油の香りですが、これは塩辛い匂いといわれています。酢酸は酸っぱい。揮発してくるので、その匂いだと思いますが、酸味を連想させる。苦い匂いは今のところ報告されていません。柚子を嗅いで、苦い匂いがするなと思う人がいるかもしれない。ホップを嗅いで、苦いと思うかもしれない。それは連合学習しているからです。フランス人に柚子を嗅がせると、苦い匂いととるか。連合学習していませんから、とらないのではないか。柚子をちゃんと食べてきた日本人だから、苦い匂いと感じるようになって、フランス人は柚子の香りを、どうとらえているかは、わかりません。



オートキュイジーヌにおいて苦味をどう活かしていくか。食文化によって苦味の使い方が違うのではないかと思います。日本料理で柚子を使ったりしますけど、柚子の苦味が他の後味を押さえ込んでいるのではないか。ところがフランス料理はメラノイジンというメイラード反応の生成物があるんですが、ちょっと苦い物質が多い。それで、複雑さを出しているのではないか。中国料理は食材として食べさせてしまう。考え方や使い方が国によって違う、そんなことも踏まえて、これだけいろいろある成分を、どうやって活用するか。苦味は25種類もあるわけですから、いろんな苦味成分をちょっとずつ入れることによって複雑な味にすることも考えられます。
低濃度の苦味を隠し味にして使うと、味が持続してコクみたいに感じます。イタリアンのシェフにやっていただいたトマトソースにチョコレートを入れると、コクが出ておいしかった。白和えの衣に焦がしたパン粉を入れると香ばしいだけでなく、味が複雑になって、おいしい。こういう使い方もできないか。苦味物質には油で溶けるものが多いので、お茶とかアルコールで抽出できます。お酒にビターオレンジを入れるとか、コーヒーやお茶を油で抽出したら苦味オイルができた。これは、湿らせたコーヒーとかお茶に熱い油をジャーと入れます。すると、苦味成分が油の中に溶けだします。コーヒーの香りはメイラード反応の香りなので、水に溶けて油に溶けない。コーヒーの香りは移りませんので、香りのあまりない苦い油ができます。どう活用するかというと、この時は貝を加熱したものにかけて食べました。柑橘類は、香り成分も油に溶けますので、香りもある苦味油ができるかと思います。あとは、デグラッセ。ガストリックの焦がしたものをコクだしに使う。和食とか中華でもできると思います。
料理人は何のために料理をするか。食材の味、素材の味を活かそうという発想があるわけです。自然の食材をそのまま食べるだけではだめ。次の段階は、その上に加工度を高める。つまり自然の食材の中でも味成分、香り成分が多い食材を選んだり、農家に作ってもらって加工します。さらに次の段階は、味成分、香り成分を分離して、例えば香り成分は少ないが、栄養上、重要な食材にフレーバーとして足していく、というのが「高度な素材の活かし方」だと思います。どういうふうにとらえさせるかを考える。そういうことを考えながらフレーバーデザインをすることが大事だと思います。
最近、「調味料を再定義」することはできないかと考えています。醤油とか一般的な調味料がありますが、ない方がいい場合もあるのではないか。調味料は、昔の人が基本味のうま味とかを、たまたま多く含む食材を選択して抽出して効率よく生産して発展してきた。でも今の時代、オートキュイジーヌは効率よく生産されたものではなく、うま味成分を含む食材でも、自分で加工、濃縮できます。抽出できる。自分で作りだすことができる。一番だしを使う、フォン・ド・ヴォーを使う、毛湯(マオタン)を使う時、本当にこれでいいのか、本当に自分は一番だしを必要としているのかと考えてもいい時代にきているというのが、最近思うことです。それによって、料理人が、自分なりの戦略で味をつくっていく、フレーバーデザインしていくことができるはずだと思うのです。そこに、科学が少しでも役立つのではないかと思っています。

