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「漬ける」Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」
Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」
講師紹介

そもそも「漬ける」というのは、保存のため、生鮮食品をいかに長くもたせるかが大事なところです。その時に腐敗菌の繁殖を抑制するために、塩、酸、アルコールが使われてきたわけです。
大きく分けて二つあります。「加熱する前に食材を漬ける」と「加熱後の食材を漬ける」。加熱する前の食材を漬けるのは、動物の筋肉のタンパク質に酵素が作用して変化を起こすわけです。ただし植物については、それだけではなく、塩漬けすると塩味がついたり、醤油とか味噌に漬けることは、そこに含まれている塩味、うま味がついておいしくなるということが加熱する前の「漬ける」です。加熱した後は、加熱した肉や魚に調味料が入っていくだけなんです。それが「漬ける」のもともとのイメージです。
微生物との関係は、次の3つ。カビと酵母と細菌。これが頭に入っているとわかりやすいです。「カビ」はいろんな酵素を出します。鰹節のカビはタンパク質を分解するものと脂質を分解するものがある。味噌も大豆のタンパク質を分解してアミノ酸にする酵素が入っている。「酵母」については、糖を分解してアルコールに変える酵素がある。「細菌」は、納豆菌はタンパク質を分解してうま味成分にする。ヨーグルトは乳酸菌が乳糖を乳酸にする。野菜床も乳酸菌です。カビと酵母でつくられるものはその間の部分で、日本酒はカビも使うし,酵母も使う。カビと酵母と細菌を全部使うのは、ワインビネガーのようなものです。酢酸菌がワインのアルコールを酸に変える。というように、それぞれの微生物がいろんな酵素を出して、どういう成分をつくるか、この分類さえ頭に入っていれば、それぞれが何をつくるかがわかる。
酵素というのは一つの酵素は特定のものしか分解しません。つまり、タンパク質分解酵素はタンパク質しか分解しないんです。脂質分解酵素は脂質しか分解しない。糖の分解酵素は糖しか分解しない。炭水化物分解酵素は炭水化物しか分解しません。酵素があるから分解しておいしくなる、そう単純ではなくて、その酵素が何を分解して何ができるかを考えないといけない。野菜床に入れたら何でもうま味ができるのか、そうとは限りません。乳酸菌が繁殖して酸味がでますが、タンパク質分解酵素は入ってない。ただし、塩麹の麹菌はいろんなタンパク質分解酵素を分解します。それぞれ分解酵素は決まっていますので、一緒くたにできない。また、酵素が作用するのに適した温度とpHがあります。酵素は料理の中で重要な役割を果たすものです。
漬けることには4つの成分がかかわっています。塩、酸、油、アルコールです。何かを漬ける時、塩だけでもいいんですが、塩を含んでいる何かで漬けることが多い。味噌、塩麹、醤油、シャンジャンなどです。酸も、乳酸、酢酸、クエン酸がある。酸がかかわるのは野菜床の乳酸、糠味噌も乳酸、酢漬けは酢酸、ピクルスも酢酸。酢はビネガー、ヨーグルトは乳酸です。アルコールはワインとか、フランス料理にも入れて使う。油はアンチョビを油で漬けておく。アンチョビには塩もあります。マリネの場合は全部3つを使う。こういうことが頭に入っていると、どこから何を使うか、自由自在にデザインできます。それぞれ塩は何から、酸はどこから、油はどこから。塩と酸だけでもいいよね、塩だけでもいいなどと考えると、考えやすくなるのではないかなと思います。
酸の効果は5つにまとめました。タンパク質の保水性を保つのはpH5.2~5.3。それより下と考えてください。そうなると保水性が高まる。pHは7が中性、14がアルカリ性、1が酸性です。2番目、筋繊維の膨化。pHが4.5以下だと膨らみます。水を保持する。3番目は筋繊維のタンパク質分解促進。酵素がそこにあって、酵素が失活(活性を失うこと)していない場合は筋繊維の酵素分解を促進するので柔らかくなる。pHが4.5以下であれば、タンパク質の保水性を高める効果も保たれつつ、筋繊維も膨化することになります。4番目。加熱するとコラーゲンのゼラチン化を促進する。コラーゲンは動物の筋肉と骨をつないでいる筋繊維を巻いている膜です。それが加熱すると水に溶ける状態になってゼラチンになる。ゼラチンになるためには加熱と水が必要なんですが、酸があることによって促進されるので早く柔らかくなる。5番目、脂質酸化の促進。脂質酸化が促進されるのはいい面もあれば悪い面もあります。悪い面は脂質酸化した匂いはあまりいい匂いでないことがあり、臭みがある。いい匂いの場合は食欲を促進することになる。どういう油を分解するかによります。それが酸の作用です。
アルコールについては、脱水作用とアルコールに溶けている香り成分。香り成分は油とかアルコールとかに溶けるものが多いので、それが入っていくのは大きい。油は素材に入っていきます。油漬けした食品はちょっとポロッとした油が入ったかのような感じがしますが、実際に入っているんです。油が入っているということは油に溶けている香気成分も入っていくということです。油に溶けているので香りも入る。というようなことが、塩、酸、アルコール、油の4つの作用になります。
漬けるメカニズムについては「漬ける側」と「漬けられる側」で考えます。漬け地と素材ですね。漬ける側でよく使うのが、塩です。塩による脱水、それによって触感が変化して、加熱しても柔らかくなる。発酵が終わった食品に漬ける。これは発酵が終わったものは様々な成分が入っているので、それを素材に入れていく。それが味や香り成分になる。4つ目が微生物によるタンパク質分解酵素や脂質分解酵素による分解。それが素材を分解することでまた新しい味になる。



細胞は細胞膜で囲われていて、細胞が浸透圧よりも薄いものに浸かっていると、細胞に水が入って膨張します。その逆に濃いものに浸かっていると、水がどんどん失われ脱水する。この考え方の根本は、細胞膜の左右で濃度を等しくしようとする働きのことです。それが細胞膜の性質ですが、ここで大事なのは細胞膜が生きてないといけない、ということです。加熱すると浸透圧はなくなります。だし、ブイヨンをつくる時に塩を入れておいて浸透圧の作用で味を引き出そうとすることがありますが、加熱すると、そんなに時間がかからず、すぐに細胞壁が変性して浸透圧が関係なくなります。塩を入れてブイヨンをつくるのは特に意味がないと思います。
野菜の浸透圧のデータを見ると、高いのはニンジンで14.4。2%の食塩水は、ニンジンよりもちょっと高い17です。つまり、塩は2%以上あれば、たいていの野菜は脱水する。
漬けられる側からみます。植物細胞と動物細胞の大きな違いは、細胞壁があるかどうか。植物細胞は細胞膜の回りに細胞壁がある。その細胞壁は全透性なので、何でも通す。細胞膜は半透性で水だけ通る。加熱すると、細胞膜の半透性がなくなるので植物の細胞壁が残っているにもかかわらず、壁が全透性なので何でも通してしまう。それを利用したのが日本料理の地漬けで、加熱した野菜などを調味料に漬けてどんどん味を入れていくことになる。生の食材を地漬けしたらどうなるか。どんどん脱水作用が起こる。漬け物はまさにそのメカニズムを活用したものです。
塩をすると水が出てくるというのはどこから出ているか。細胞膜の中からどんどん水が出ている。その中には香気成分があったり、酵素によって生成される香り成分があったりします。ダイコンとかワサビをすりおろすと細胞膜から酵素が出て、それによって香り成分が出てくる。すりおろさなくても、細胞から出せばこういうことが起こる。そこから味成分が浸入してくる。それが漬け物のメカニズムです。
ここで面白いのは加熱との関係です。漬けるというのは細胞膜から中の成分をどんどん外へ出して味を入れていったりする。実は加熱によっても同じようなことが起こっているのです。加熱も細胞膜を壊して中から成分を出して味成分がどんどん入っていくことも起こしているわけです。つまり、加熱によって起こっていたことを漬けることによって変換することができるんです。漬けものは塩をして時間をかけていきますが、加熱をするとすぐ細胞が壊れます。以前にやったのは野菜を茹でる。茹で汁に塩とかスパイスを入れておいて冷やすと塩と香り成分がしみこんだ野菜ができます。冷やすとピクルスのようになる。食感は茹で加減を考えるとピクルスのようになります。加熱と漬けるということの共通性を考えると、こういう面白いこともできるだろうということです。
肉の場合。マリネは酸によってどういうことが起こるか。タンパク質分解酵素によってどうことが起こるか。肉を酸性のマリナードに浸すと、筋繊維の部分はタンパク質が酵素によって分解して柔らかくなり、コラーゲンは酸によってゼラチン化が促進するので加熱してもどんどん柔かくなる。
酵素で分解すると、いい面もあれば、ちょっと悪い面もあるかもしれない。鮭のマリネは酢と酸と油を全部使っていますが、電子顕微鏡でみると筋細胞間が拡張しています。水が入っているから。油も入っていることが電子顕微鏡で確認されます。日本の酢〆。イワシとアジは酢だけでしめたものと、塩をして酢でしめたもの。お寿司屋さんは塩をして酢でしめる。酢〆は塩をしてからやる。それはなぜか。酢だけでやるとどんどん水が入っていってぶよぶよした状態になってタンパク質が変成する。先に塩をして脱水して塩がまとわりついた状態にして、その後に酢が入ったとしてもぶよぶよしないで、しまった状態になります。食べてみると酢だけでしめると柔らかすぎる。
新しい「漬ける」を考える時に、塩、酸、アルコール、油を活用することを考えます。塩+野菜。野菜の乳酸発酵によるもの。塩と柑橘。柚子に塩を入れればマリナードができるわけです。塩と香りハーブペーストとオイルを使って新しいマリナードをつくればハーブやスパイスの香りの入ったもので漬ける効果が出る。香り成分、味成分はどこからとってもいいわけです。大事なのは塩であり、オイルであり、酸である。どこから入れるかということです。野菜床で面白いのはキャベツとか白菜が多い。なぜかなと思ったら、アブラナ科の野菜が多い。辛味を生じる化合物が入っていて、発酵によって風味の全体と酸味が辛味、苦みを少なくする。こういうアブラナ科の成分は辛味があるんですが、発酵するとなくなる。香りだけが残る。独特の香りをもたらします。新しく野菜床を考える場合はアブラナ科の植物がポイントで、芽キャベツ、ブロッコリーなどを使うとまたいろんな可能性があるということです。
アルコールは塩と焼酎、ウォッカ、ハーブを使えば香り成分が移るので、それを使うのはどうか。アルコールで面白いのはカクテル。カクテルの組み合わせは、どのフレーバーとフレーバーが合うかを実験しているようなものです。そういうカクテルの組み合わせ方は、料理に応用できるのではないか。フルーツやハーブの使いこなしです。
復習すると、4つの成分(塩、酸、アルコール、油)、メカニズムを考える、最後に新しいフレーバーを考える。調味料も元は、「漬けた後の汁」のことが多い。「漬ける」というのは、古くて新しい技術だから面白いというのが結論です。

