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「酸味」Program 3:ディスカッション
Program 3:ディスカッション
講師紹介

木下 幸治氏(<辻調グループ>エコール 辻 大阪 フランス料理主任教授)が加わり出演者全員で討議。料理デモをもとに、酸味について意見を交わしました。
門上 酸味のもともとは保存の話から、調味というか、味を調えることに使われた話へなっていきました。
川崎 話は二つあって、アミノ「酸」というぐらいですから酸はあるんですね。タンパク質を構成するアミノ酸って実は20種類ぐらいありますけども、甘味アミノ酸、うま味アミノ酸、苦味アミノ酸、酸味アミノ酸。それぞれあります。グルタミン酸自体も舐めるとちょっと酸味があるんです。グルタミン酸が塩と結びついてグルタミン酸ナトリウムになって初めてうま味が強く感じられるんです。
そういうのとは別の話で、面白いなと思ったのが、酸味のあるものがうま味を感じるということです。それは、ある意味で正しい話かなと。乳酸発酵させますと、長期間置くことができるようになるんですね。つまり微生物が発生して、いらない微生物が発生しないので酸が高まります。塩も必ず入っていますから、微生物が変なことができないので長く置いておけるんです。長く置くことができると、タンパク質が入っていれば、タンパク質が分解してうま味成分ができていく。酸味のあるものにうま味があるということは、そういう意味で正しい。全く別のものなんですけど、酸味があるから風味があるじゃなくて、酸味があるものは長く置けるから、どんどん深みがついていく。中国料理ではそのように理解されているというのであれば、すごい面白い。
門上 長く置けるからこそ、うま味を感じるようになる。西洋料理の場合はどうなのでしょう?
木下 西洋料理では、酢を使うというのは、保存もありましたけども、まず殺菌という使い方もあったような感じがします。中世の頃に葡萄の未熟なもの、青いものを絞った汁をヴェルジュといいます。今でも残っているんですが、旅に出る時に携帯用の小さな小瓶にヴェルジュ入れてベルトつけられるようになっていました。旅行の途中で水を飲むとき、その汁をポタポタと落として飲んでいた。基本的に井戸水は王侯貴族が押さえているので、あまり飲めないんですね、いい水は。中世にいた料理人のタイユヴァンって皆さんご存知かと思いますけども、中世で王に認められ出世した料理人です。このタイユヴァンが「ヴィアンディエ食物譜」という本を書いています。そこにはヴェルジュを使う料理が75%もあります。それだけ多用していたことがわかります。
昔はワインから酢を作るのではなくて、ただ酢を酸敗させた、腐らせただけの酢を使っていましたね。酢とワインが酸敗しているものとは全く別物でして、腐ったと言いますか、酸敗したものをワイン(vin)とすっぱい(aigre)、二つの言葉からヴィネーグル(vinaigre)、英語のヴィネガー(vinegar)になったんですね。ヴェルジュはすごくすっぱいので今は料理に使うのはワインから作った酢の方を使うことが圧倒的に多くなっています。川崎先生がおっしゃったように、ヴェルジュやワイン酢はそんなにうま味が出てくるものではない。13世紀くらいテンプル騎士団から始まる十字軍が遠征に行って戦うわけですけど、この十字軍が中東から柑橘類を持って帰ってきたといわれているんですね。柑橘類が持ち帰られた時からヴェルジュもなくなって、レモンとかが使われるようになった。それで、しっかりとした味と香りの酸味になっていきます。
最初はあまりうま味とか考えてなくて、殺菌から入ったんだと思いますね。もともとすっぱくする乳酸発酵は全世界で自然発生的に出てくるものなんです。中国料理の場合、白菜がたくさんあるからそうなので、ヨーロッパにはキャベツがたくさんあったんでキャベツを塩漬けに酸敗させています。まず保存する、腐らないようにするというのが根本にあったんですね。たまたますっぱくなって後で調べてみると乳酸発酵していて、おなかにもいいとか、そういうことがあったんだと思いますが、まずは保存と殺菌だったと思いますね。
門上 保存とか殺菌がもともとにあって、でもある時期、果実が入ってきて、また新たな展開をしていく。これは中村さん、最初に川崎先生の、なれずしや鮨への多様化みたいな話がありましたけども、ああいう保存のための酢のバリエーションが増えてきた。日本の場合は酢のバリエーションは少ないですよね。
中村 そうですね、そんなにたくさんあるわけではないですね。昔からのバリエーション的な料理というのは、僕の知っている限り、そんなにないですね。
門上 魏さん、酸があるからうま味が感じられるという考え方についてはどうですか?
魏 中国料理には乾物がすごく豊富っていわれてますが、同時に酸味をきかせた、腐敗させるというとおかしいんですけど、そういった料理も結構あるんです。普通、塩漬けの魚、干した魚はありますけど、例えばイシモチを生のまま塩漬けにして酸敗させたのを蒸して食べるんです。どこで食べたか忘れましたが、メチャクチャ臭いんですよ、アンモニア臭い。そこではそれが高級なんです。食べたら、すごいおいしいんです。酸味がすごく効いていて、ネギと一緒に食べましたね。中国って結構、塩漬けにして酸にした素材がいっぱいあるというのが現実です。乾燥物のほうが高いですけど、同じぐらいあるかな。さっき中村さんのデモにあった豆乳ですね。中国も豆漿(ドウジャン)というんですけども、朝食で食べたり、あと固めたやつもあるんですけど、甘くて女性たちに好評です。フルーツをいっぱいのっけて豆乳を食べる。それで、レモンとか入れたら結構受けるんじゃないかと思いました。



門上 木下先生から歴史的な背景をうかがいましたが、フランス料理の場合は?
山口 酢になると相当数あると思います。ところで、ヴェルジュって、今も使っているのですが、木下先生の話にあったヴェルジュとは違うんですかね?
木下 今使っているのは多分、葡萄の未熟なものを使っているだけで、昔はもうちょっと発酵させていたように思いますが、わからないです。今はほとんど使ってないはずです。フランスのブルゴーニュかどこかの会社でしたっけ、一部だけ作っているんですよね。でも色は澄んでますよね。
山口 ちょっと琥珀色みたいな感じです。ヴェルジュでソースを作ったり料理を作ったりするときに、だんだん疲れてくるとヴェルジュそのまま飲んでも全然酸っぱくないんですよ。疲れた時にものすごくいいですね。本当にお酢のバリエーションはたくさんあって、感じ方は人それぞれによって違うんでしょうけど、赤ワインヴィネガー、白ワインヴィネガーとかシェリーヴィネガーとか。そういう部分を使い分けたり、混ぜ合わせたりすることで、食のデザインをしているですね。
山根さんの「あまり色をつけたくない」という話ですが。僕も最近、そういうふうに思うことがあります。若い頃はおいしかったらいいって思っていたんですけど、だんだんおいしくないほうがいい。過ぎたるは及ばざるが如し、やわらか過ぎないとか、色づけし過ぎないとかね。そういうようなところを考えながら、オートキュイジーヌの話をしています。そのことについてはもっと新しい味覚の世界が広がっていったらいいなあということを、酸味だけではなくて、食の世界として考える一つのテーマではあります。
門上 山根さんは、酸は使うけけれど、すっぱさを消した料理でしたね。
山根 イタリア的に言うと、サルサ・ヴェルデは酸味を効かしているんです。古くからの話をちょっとすると、リッチな料理と貧しい料理という二つの流れがあって、ローマ帝国の中で食べられていたのは、リッチなもの。その中で、おいしいという一つの表現が「アグロドルチェ」という甘酸っぱさ。イタリア人にとって究極的においしい味付けというのは甘酸っぱい、という一つのジャンルがあるんですね。それを代表するのがバルサミコ酢みたいな味です。南蛮漬けもエスカベッシェとかカルピオーネとかいう名前で存在しますけど、日本でも南蛮漬けの、玉ネギと甘酢みたいなものに漬けたのが目指している味は一緒なんです。甘酸っぱいというのは、もともとあるイタリア料理の味覚だろうなと思われます。ヨーロッパで特徴的なのは、基本的には葡萄の栽培が盛んでワイン造りが古くからなされていたので、果物とか酢があるにせよ、干し葡萄を使ってみたりしていたようです。古代において甘いということは贅沢だったわけです。砂糖がない時代ですから。歴史的にはそういう流れがあるのではないかなと思います。
門上 体系化ということでは、木下先生、フランス料理では甘味はどうですか?
木下 昔の味覚ですけど、先ほど言ったタイユヴァンの本で見てみると、味覚はどうも酸味と甘味が多かったようですね。甘味は、いろんなものからとれますので、砂糖そのものは煮詰めて固形にしないといけないんで高価なものでもありましたけど、結構使うことも多かった。対して、苦味はその本にはほとんど出てこないんです。皆さんお聞きになっている通り、苦味は毒に近いので、その時代、毒殺が横行していたわけで、毒に対しては非常に敏感があるわけです。苦いものは、食べない。昨今、この苦味も味のうちということで、それは非常に安全な時代になった人間の贅沢さみたいなところがあるわけです。毒殺されるなんてないということで、苦味を口にしてみる。食べることは快楽に等しいですね。食べて気持ちがいいところに料理の奥深さがあって、体への効能とかは後になってついてくることなんでしょうね。やっぱり料理というのは人間の体が欲するものを作る、お客が求めるからつくり、またその時代的な背景もあります。多分、100年ぐらい前の人とわれわれの味覚は全く違います。100年前の料理を僕らがおいしく感じるかどうかは疑問です。ですから、今回の酸味を特化して考えた場合に、やはり人間の要求が強いところは、酸味が多かったり、山根さんが作られたようにあまり酸味が必要でないところでは酸味がわりと抑えられたりするような、地域的なことなのかなと感じがします。
門上 僕も常々思っているんですが、食べないわけにはいかない。必要なんだけど、その内容をどのぐらい楽しさに変えていけるか。これが苦しさになると、とんでもないことになるんで、やっぱりどうやって楽しさに変えていけるかというようなことが、川崎先生がおっしゃる料理のデザインなのかなと思います。本日は、酸味をテーマに4人の方にアプローチをしていただきました。ここで締めていただきたいと思います。
川崎 今回あまり話できなかったのが、甘酢です。甘味と酢を合わせる。それによって一般的には、後味を切ったり、爽やかにしたりとかいうものです。料理によってはすごく活用されているのですが、困ったことに研究例がなくて、発表できなかったんです。でもそれは、先の快楽の話にもつながるんです。甘味がたっぷりとか、油がたっぷり入ったものが、酸味で爽やかになっていっぱい食べられる。しかし、それで本質的に健康といえるかどうか。つまり、油が多くていっぱい食べられないと思うのは、体にそれ以上必要じゃないかもしれないんですね。ある程度の油をとって十分満足なのに、酸味によって爽やかになって、もっと油がとれる。例えばマヨネーズは7割が油脂です。そのままでは多くの量を食べられないですけど、酸味があることによっておいしく食べられるわけですよ。それって、ある部分怖い。それこそ酸味をある種、象徴しています。でも研究例がないので、確かな話はできない。酸味を活用することがどういう意味をもつのかを考えていくのは、奥が深いと思います。
門上 毎回思うんですけども、一つのテーマについて、そこからいろんなことが出てきたり、今日は魏さんに古典的で象徴的な料理をしていただいたり、毎回新しいものがでてきたり、ここで考えさせられることは多いんです。川崎先生に解説していただくといろんなものが見えたり、本当にこの会ってそういう意味ではいろんな検討ができると思うんです。木下先生いかがですか。
木下 僕は個人的には、若いシェフにどんどん、ここで料理を作ってもらって、なぜそうなっているのかっていうのを川崎先生に解説していただくようになればいいなと思っています。快楽の話が出ましたが、食べる必要のないものも食べたいから快楽なんですね。その部分が人間は求めるわけです。栄養とは関係ないところに快楽があって、もっと食べたいと。その中にいろんな味があるので、人それぞれ感じることが違うわけです。川崎先生のデザイン・マトリックスを聞いていましたら、次のような話を思い出しました。
以前、志摩観光ホテルの総支配人・総料理長だった高橋忠之さんのことです。高橋さんはフランスで修業したことはないけど、フランス料理人から崇められていた人です。その髙橋さんが「切って自然、火を通して新鮮」という言葉を言われていたことがあります。形を変えて自然に戻す。切ったり、火を通したりして、さらに自然に、新鮮なものをお客さんに出すところに料理人の最終的な技があるんだという。本会でも「僕の料理をみてくれ」と、たくさんの料理人が名乗り出てきてほしいですね。いろんな料理人からいろいろな料理を見て、解説、解析して、よりよい会にしていきたい、と僕は思います。
門上 そうですね、会員の皆さんからご意見を寄せていただければ参考にさせていただきます。有機的に動きながら、この会をどんどん変化させていく、発展させ、進化させていきたいと思っています。会員には重鎮がおられて、それぞれの分野で知識も経験も豊富なので、いろんなことがやっていけると思います。本日は皆さん、ありがとうございました。次回に向けて進んでいきたいので、よろしくお願いいたします。




