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「料理と温度の関係」Program 1:基調講演:料理人のための「料理と温度」そのサイエンスとデザイン 1/2

「料理と温度の関係」Program 1:基調講演:料理人のための「料理と温度」そのサイエンスとデザイン 1/2

Program 1:基調講演:料理人のための「料理と温度」そのサイエンスとデザイン 1/2

講師紹介

川崎 寛也氏
農学博士

今日は温度について網羅的に、できるだけいろんなことを話したいと思っています。関西食文化研究会ではイベントのテーマとして 2009年から7年間でこれだけのことを取り上げてきました<参照:図1>。感覚、素材に関しては「だし」「油脂」「ベジタブル」「うどん」など。調理技術は「熟成」「火入れ」「漬ける」「蒸す」。原理としては普遍的に通用する「メイラード反応」「乳化」の話です。今回の温度は、原理になります。

図1:関西食文化研究会定期イベントテーマ

料理はアートではなく「デザイン」だと考えています。アートは疑問を呈する。デザインはソリューションを提供する。お客さんに「おいしさ」というソリューションを提供するためにはデザインが必要なのです。デザインにどういう要素がかかわるか。料理に関しては、どういう「成分と構造」か。成分は味、風味。構造は食感にかかわるものです。成分と構造をどう感じさせるか。その食品の中に成分が含まれているだけでは意味がない。それをどう感じさせるかという「感覚」の研究も大事です。そしてそれをどうやって作るかの「調理」、料理の研究、食文化の研究も大事です。この3つを料理人は「デザイン」していると考えています。

今回は「温度」に関しても4つの切り口で話したいと思っています<参照:図2>。「成分と構造」をつくる温度、どういう温度にすれば、どういう成分が出てくるか。どういう温度にすれば、どういう構造になるのかという話。そして「温度の感覚」。口の中に入った時に料理はどういう感覚を起こさせるのか。料理の温度そのもの「調理の温度」、今までの食文化の中でどういう調理技術があって、どうやって温度をコントロールしているか。そして最後に「温度のデザイン」。どうやって料理の温度をデザインしていけばいいかという話をしたいと思います。

図2:何のための「温度」のデザイン?

●温度の感覚

まず、味覚と嗅覚の仕組みから。味覚と嗅覚は口の中で物質が受容体に到達して神経を通って脳にいく。温度も、口腔中に温度受容器がある。口の中でも皮膚でも同じですが、それを感じて三叉神経を通して温度の情報が伝わっていく。受容体ですから物質も結合する。カプサイシンを口に入れると辛いだけでなく、熱い。唐辛子のカプサイシンは別に熱くないが、口腔中の37℃の温度を43℃以上に上がったと勘違いして「熱い」と思うのです。メントールに関しては25~28℃の温度に応答する受容器を活性化するので口の中が「冷たい」と勘違いする。そういうことも口の中では起こっています。

フランス料理で金属のスプーンを使っているのは、料理をまずくしているのじゃないかと言う日本料理人がいました。スープは温かいが、スプーンは常温で冷たい。何回も口の中で温かいスープと冷たいスプーンが行き来することによってスープの温度が下がっていく。日本料理のお碗だとずっと温かい。金属のスプーンはスープの温度を奪っていきます。温かいスプーンを用意するのはどうでしょう。お客さんに出す時にスプーンが温かいと手にとった瞬間に「このスプーン、温かいな」と思って料理を食べると感覚が変わってきます。逆に冷たいスプーンを用意すると「冷たいな」となる。

温度と味について。写真は寿司を握っているところをサーモグラフィで計測したものです。27℃はネタの温度です。科学的なデータでいうと、甘味、塩味、酸味、苦味は22~32℃で感度が最高になるといわれています。つまりたとえ弱くても感じる。寿司という微妙な温度帯に関しては、たとえ感度が弱くても感じさせることができる。微妙な温度帯に入れられたエビは本来の甘味より、より強く甘味を感じることになる。これって、素材を生かすことではないか。素材が本来もっている淡い味のものを強く感じさせることですね。

次に、10℃の水5mlで口をゆすぐと口腔内の温度は23℃まで下がるというデータがあります。55℃の水5mlで口をゆすぐと口腔内の温度が43℃まで上がるというデータがあります。つまり、お客さんが料理を食べる前に何を飲んでいたかによって口の中の温度が変わる。これは料理人にとって恐ろしいことです。口の中の温度が変わることは口の中の感じ方が変わって味を感じにくくなったり、感じやすくなったりすることです。フレーバーの揮発が抑えられたり強まったりする。同じ料理を出しているのに、冷たいものを飲んだ人の口の中では香りや味を感じにくくなっている。温かい飲み物を飲んだ後はその逆になる。そのコントロールを料理人がしなくていいんでしょうか。飲み物、スープ、ドリンクを冷たくするか温かくするか、それを先に飲ませた後に「これを食べたらどうですか」とコントロールもできるわけです。以上が「温度の感覚」に対する話です。

●成分と構造の温度

続いて成分、構造の話です。温度で一番困るのは保存できないことです。暮らしている室温は20~25℃。料理の温度は60℃以上ないと人は熱いと感じない。冷たい料理は5℃とか冷蔵庫の温度です。なぜ保存できないか。温度は全部、室温になっていくからです。温かいのを出して常温においておくと温度は下がっていく。冷たいものは常温で上がっていく。温度が下がることでよくないのは、香気性分の揮発が抑えられることです。口の中で、料理の香気性分が抑えられる。香気性分は食品から揮発していくものなので、それが抑えられると香りを感じにくくなるのです。さらに、油脂の流動性が落ちます。すべての油は冷やせば固まるし、温度を上げれば溶けます。油によって違いますが、油脂の流動性によって変わったことが起きてくる。温度が上がると想定していなかった香気性分の揮発が促進されることもある。逆に油脂の流動性が高まることもあるでしょう。以上が成分の話です。

温度と食材の成分構造について<参照:図3>。温度-20℃~120℃の間の反応で考えます。-20℃より下だと反応自体が起こらないし、120℃から上だとメイラード反応がどんどん促進されていき、最終的には炭になっていく。肉類は0℃くらいで凍結し始める。40℃くらいから変性が始まり、脂質が融解して筋肉細胞が離水し水が出てしまう状態になる。ここまでがロゼの加熱。その上はコラーゲンがゼラチン化していきます。その上になるとメイラード反応が起こって香ばしい香りが出て脂質酸化が起こり、油脂特有のいい香りが出てくる。魚類は肉類よりちょっとタンパク質の変性温度とかコラーゲンのゼラチン化の温度は下がります。野菜に関しては凍結が0℃くらいから始まり、40~50℃でPME活性化を起こします。PMEはペクチンを硬化させる酵素です。ペクチンは植物の細胞の回りを覆っている成分で、固まると野菜はパリッと硬くなります。何年か前、50℃洗いが流行りました。あれはペクチン硬化酵素を活性化させるということです。活性化させると凍結してもシャキッとしたままだと冷凍野菜の会社などは言っています。メイラード反応は120℃以上で起こります。根菜はペクチンの硬化酵素が活性化するとゴリゴリしたものになったりします。デンプンの糊化が90℃くらいで起こる。120℃以上に加熱するとデンプンの粘度が低下することもあります。これに関しては中華料理などのとろみ付けが関係しますね。以上が全体像といっていいかと思います。

図3:温度と食材の成分・構造(ざっくり)

料理において同じ温度で食材を加熱する。例えば60℃で加熱するとしても、いろんなものが別々に起こっている。精密に制御したいプロとしてはそれぞれ別々に調理する発想になっていきます。肉が柔らかいと感じるのには2種類あって、ロゼの温度、タンパク質から離水をしない温度帯の柔らかさ、つまり肉のステーキの真ん中のレアの柔らかさです。もう一つは長時間加熱した時の柔らかさ。ビーフシチューとか東坡肉(トンポーロー)とか、ものすごく加熱して繊維がほぐれても柔らかいと感じる。それは筋繊維の回りのコラーゲンがゼラチン化することで筋繊維自体がほぐれていく。肉の最初の固さは60~80℃くらいでコラーゲンがギュッと収縮する。人間がいちばん嫌いな硬い肉ですから、その温度帯は避ける。

温度と香り、触感については、複雑なことが起こっています。提供温度をコントロールすることで、口の中で溶ける速度をコントロールできるのです。口の中の温度が37℃としたら、提供温度が60℃だと23℃下げることになる。口の中でゆっくりと下がっていく。60℃で提供するのと50℃で提供するのとでは10℃違う。それだけ50℃の方が速く下がる。下からみると、5℃で提供するのと10℃で提供するのとでは口の中の滞在時間が変わる。お客さんへの提供温度が5℃変わると数秒、口の中で溶ける時間が変わってくる。そこまで厳密にコントールするかどうかは、考え方しだいですが。

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