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「料理と温度の関係 Part2」Program 2:温度をテーマにした料理実演+試食 [フランス料理]

「料理と温度の関係 Part2」Program 2:温度をテーマにした料理実演+試食 [フランス料理]

Program 2:温度をテーマにした料理実演+試食 [フランス料理]

講師紹介

道野 正氏
「ミチノ・ル・トゥールビヨン」オーナーシェフ
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「ベーコン風味のパンナコッタ 温野菜とスモークサーモン、バジルのアイスクリーム添え」

僕は、料理も考えもスライドで説明します(レシピ配布)。今日の料理は4つのパーツに分かれています。下がベーコン風味のパンナコッタ。パンナコッタは牛乳が主ですが、今日はクリームが結構多い。それにベーコンの香りをつけて固めたものを一番下に敷きます。その上にスモークサーモンを一枚乗せます。ベーコンにはスモークの香りをつけたので、同じ香りのするスモークサーモンを乗せました。海のものと山のものを分けることがわからない。「みんな海からきてるやん」と思って、スモークの味をダブらせて動物性のうま味と魚介のうま味を合体させています。

パンナコッタは冷蔵庫から出して5℃くらい。皆さんの手元へいった時は7℃くらい。その上にサーモンを一枚乗せ、その上にいろんな野菜をブランシールしたものを熱いまま乗せています。一回、ブランシールしたものを65℃のコンベクションで温め直しています。その上にバジルのアイスクリームを乗せます。-20℃のアイスクリームは食べている間に舌の温度で溶ける。パンナコッタがゆるんでいく。野菜の温度が下がっていく。温度の高いものも低いものも室温に向かって収斂していきますから、口の中で体温に近い温度になります。パンナコッタ、スモークサーモン、温野菜、アイスクリーム、4つのパーツ全部ばらばらの温度をもつものをゆっくりいっしょに食べる間にいろんな風味が変わっていって最終的に飲み込んだ時、「おいしい」と思うかどうか。かなり実験的ですけど、僕の考える料理はほとんど実験なので、こんな感じの料理です。

■料理の背景

これは僕の概念図です<参照:表1>。横軸は、料理の科学、理屈です。川崎先生の言葉を借りると「体系化された知識と経験の総称」。情報、あるいはデータですね。縦軸は技術です。技術とは何か。科学やものの考え方をテクニックに変換させるのが技術です。具体的には、肉は58℃からタンパク質の変成が始まって凝固して68℃から離水作用が始まり、50℃からミオシン、56℃からコラーゲン、66℃からアクチンが変成するというデータ、情報。これが科学です。今や情報はネットで簡単に調べられます。

表1:概念図

じゃ、どうすれば肉がおいしく仕上がるのか。今の情報を全部総合した結果、中心温度が60~65℃になるのが一番おいしくなる。それが理論と技術の端境です。どういうふうにやりますか。真空パックに入れて空気を抜く。スチコンを使う。中心温度を計りながら65℃になったら出して冷ましてOK。周りにメイラード反応があった方がおいしく感じられるので周りをバーナーで焼いて、はいできました。というように基本的に料理は理論、科学、技術があればできると思います。ただ問題は、そういうデータとして集積していくことに意味があるのかどうか。そんな気がするんです。

実際、医療機関、お医者さんの世界ではどういうことが起こっているか。「一日会大阪」で糖質制限、低糖質の料理講師を担当した時、伊藤免疫アレルギー研究所の伊藤眞里先生に話をうかがいました。人間は細胞が60兆個あるんですね。60兆個の細胞の中に全部核があって核の中に24種類の染色体があって、その中で遺伝情報をもつものを遺伝子というような仕組みがすべて、2003年までに解析されたというのです。それくらいのことをスーパーコンピュータがなし遂げている。ではそれで万能か。ひとの個別の遺伝情報が明らかになる、病気の因子もわかる。どういう病気をこの人は発症するか、どういう対処をすればよいかというのが全部わかる時代がくる。もう医者はいらなくなるのか。ところが伊藤先生は「医者も薬剤師もいります」という。「どれくらい痛いか、どれくらいしんどいか、どれくらい苦しいか、ここが気持ちいいとかはデータとしてインプットできない。人間がそれを判断したものをインプットしないと解析できない」と話すのです。ということは、主観なんですね。

科学と科学技術を学んで誰でも料理ができるようになったとしましょう。問題は、おいしいもの、風味は判断できない。でも、そういうものをつくりだせるのが職人。職人は何とか生き残れると思っています。職人が「スーパーコンピュータには負けへん、俺らもっとおいしいものをつくれる、新しいものをつくれる」という気持ちを持ち続けることが、哲学、もしくは思想です。それが、必要であるというのが僕の考え方です。

理論があって技術がある。それで料理はできますが、それは二次元です。縦×横だけ。面積です。それに哲学、思想を入れ込む。料理をつくって何がしたいのか、どんなものをつくりたいのか、そのために俺は努力しているかを考えることで立体になります。縦×横×高さです。高さが広がっていくにつれて縦×横も広がっていくと僕は思います。料理は二次元ではなく三次元である。

その発露として今日の料理を考えました。いろんな要素が入っている。甘い、酸っぱいとか5つの基本味も入っている。温度もさまざまなものが入っている。動物性の風味、魚介類の風味も入っている。実験的で面白いんですが、この料理をみなさんが食べて「おいしい」と思うかどうか、おいしくなかったらどうにもならん。では「おいしい」って何なんですか。「おいしい」という定義づけ。それをどこに求めるか。

皆さんの体の中では、毎日、1日に3000個のガン細胞ができているんです。でも、皆さん健常体ですよ。伊藤眞里先生が断言しています。なぜガンにならないのか。それにはNK(ナチュラルキラー)細胞、マクロファージが免疫を働かせて3000のガン細胞を毎日消していっている。それを活性化させるものは何か。「食」と「運動」と「笑い」。笑いは逆ストレスでつらいストレスではない。適度の運動をして、おいしいものを食べること。ということは、おいしいものをつくると体が活性化して健康になる一面もある。おいしいもの、風味豊かなものは人間にしかできない。喜び、感動、気持ちよさ、記憶。記憶は臭覚に結びついていますが、コンピュータで分析できない。だから、おいしいものをつくる必要がある。

おいしいものは何か。風味、おいしさにつながるもの、それを立ち上げていくものが温度。温度は風味、おいしさを立ち上げるものとして有効です。今日はそういう温度にとって変化する料理をつくりたかったのです。皆さんとうに食べ終わってはりますよね。「おいしい」と思っていただけたら今日はよかったかな。僕自身は後に何かを残そうとかいうことは全くないので、毎日面白かったらいいんです。充実していたらいいんです。まあ、自分が世の中の役に立っているなという実感があった方がいいじゃないですか。そのために料理している。よく「お客さんの笑顔が自分を支えている」とかいいますね。「ごちそうさま」の一言が自分を励ましてくれるとか。僕はそんなんでは励まされません。自分のためにやっている。自分がどれだけ人を感動させる技術を持ち続け、まだまだと磨き続けられるかといつも思うので、厨房からは出ません。今日は定休日だったので出て来ましたけど。

とにかく、手と足が動かなくなっても僕はおいしいものをつくり続けたいと思っています。手足が動かなくなったら口を開けて歯で地面に食いついて体を前に押し上げてやるという覚悟をしています。それが僕の思想です。哲学です。料理人は悪い仕事ではないと思います。その仕事を続けていくためには、科学にも常に耳を傾け、必要なことは取り入れて、各自が自分なりの哲学、思想をもたれて前向きにやっていただいたらいいのではないか。僕自身はそういう覚悟を今日、新たにすることができました。こういう機会を与えてくださいました関西食文化研究会の皆さんに感謝いたまして僕の話を終わります。

今日の話のネタ本です。人の手柄を自分のことのようにいうのは嫌いなので、最後に紹介しておきます。すごくいい本です。『おいしさの人類史』(ジョン・マッケイド著・河出書房新社)と『炭水化物が人類を滅ぼす』(夏井睦・光文社新書)。とにかく僕が伝えたいことは「僕もがんばるから皆さんもがんばりましょうね」ということです。「一番大事なのは料理人の体温、それが温度です」というとカッコよすぎますが、そういうことです。ありがとうございました。

「ベーコン風味のパンナコッタ 温野菜とスモークサーモン、バジルのアイスクリーム添え」

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