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「料理と温度の関係 Part2」Program 3:ディスカッション 2/2

「料理と温度の関係 Part2」Program 3:ディスカッション 2/2

Program 3:ディスカッション 2/2

講師紹介

門上 山口さん、同じフランス料理としては、どうですか。

山口 僕も低温調理が出た時には「なんじゃ、これ」と思っていた人間ですから。自分が学んできたり経験してきたことが正しいわけではなく、自己否定していく中で新しいことをやるのだということですね。低温調理は、加熱してから冷却して保管すれば1週間同じものができる。僕のホテルは中途半端なサイズなんです。コンプライアンスに関してはホテル並が求められても、作業的には町場のレストランと同じになってくる。仕事の効率も考えなければいけない。継承も考えないといけない。僕たちの時代は「まだ10年早い」ということが通用したけれど、経営者としては今年入った子が10年後一人前になるのを待っていられない。4月に入って5月には10年選手のように仕事ができる状態になることが、経営者としてはベストですよね。コンベクションオーブンとかでプログラムされた料理も使えると、料理人がいるのかどうかという話になりますが、デザインという、クリエイティブな個性の出し方があるんじゃないか。大切なのは考え方です。そういう考えや手法を学ぶ場がこの会であって、いい悪いではなく、そういうこともあると皆さんに聞いていただければいいのかなと僕自身は考えています。

門上 話しておられる内容は、道野さんも山口さんも同じことですよね。ここの4人の料理人とは異なって、教える立場におられる吉岡先生はいかがですか。

吉岡 今日は、何をもって日本料理と断定できるか、中国人が食べた時にどう感じるのかということを思いながら拝聴していました。「焼く」というのは原始的な加熱方法ですから、どこの国の料理にもある。そこに文化が入ってくる。よく質問されます「中国料理でこれを抜いたら中国料理でなくなるのは何か。決定的に中国料理を印象づけるものは何か」と。中華鍋、包丁、調味料、火力、いろんな要素があるんですけど、一つだけでは言い表せないですね。食文化ですから。一つだけ抜き出して証明するのは不可能なことなのです。
中国で「焼く」という言葉は古くて、6世紀の北魏の時代、中国最古の農業技術書の中に「炙」が出てきます。酢とか酒などの醸造、畜産や野菜の栽培とかの中に出ている。その中で、生姜とかミカンの皮などを入れた味で鴨の肉を炙り焼きしたというのが一番古い。最初は小さいものから始まるんですが、日本と違うところは大きなものを焼くようになっていく。日本料理は大きなものを焼くことはないですね。せいぜいタイの姿焼くらいですか。中国とかフランスにいくと子豚を焼いたり、アヒルを焼いたり固体が大きくなる。焼くとはどういうことか。中国でも焼床が出てくる。囲いがあって中に炭があって、熱を囲って周りの輻射熱と直火で焼いていく。そうしないと大きなものが焼けないわけです。それがさらに発展して、元とか明の時代になってくると北京ダックのような、大きな窯の中で遠赤外線や輻射熱や直火を利用した焼き方が発達してくる。現在なら、同じ加熱をしようとすればスチコンで焼けるようになっている。現在の中国料理で焼床は子豚を焼くのに使う程度で稀です。テクニックを要しますから若い方々にはなかなか難しい機器なのかなという印象です。ロゼとは、肉の中の水分(血液)、熱しにくくて冷めにくいというものをコントロールすることなのかなと思っています。比熱の大きい水(血液)、炭火で焼いた時に表面が香ばしくて、中がしっとりなる原理が働く。中国料理で肉の炒め物を作る時も同じように考えています。

門上 会場から質問が出そうな雰囲気があります。ご質問をいただきたいと思います。ここは突っ込んでみたいとかありますか。『京料理 清和荘』の竹中徹男さん、いかがですか。

竹中 コンテンツがあまりに多くて、頭の中でまとまってないんですけど。温度のことも実際にいろいろ試していますが、今、テーマというか関心があるのは「何が和食か」ということなのです。伏見で商売していますから日本酒を出すんですが、ワインを所望される方も多く「ワインに合う日本料理をつくろう」と、ここ数年やっています。そうすると、イタリアンとかフレンチとかの調理法に近づくことも出てきます。そこで、科学的な和食のラインというのを皆さんはどう考えておられるのか。いろんなジャンルと比べて「それをやったら和食と違う」というのがあれば、聞きたいなと思いました。

高橋 京都大学の医学部、農学部の連携の授業で予算をいただいて実験したことがあります。日本の会席料理のコース、フランス料理のディナーのコース、それぞれ15000円で揃えて作ってもらい、前菜からデザートまで供されたものをそれぞれ一つの袋に入れ、潰して化学分析したんです。山口さんにもお世話になりましたし、『瓢亭』の料理も粉砕しました。結果は、平均値ですが、次のようになりました。日本料理は900グラムで一つのセットになっていましてカロリー数が900~1000キロカロリーに納まっています。水分量は80%。フランス料理は800グラムで1700~1800キロカロリーでした。
水分量は65%。中華料理は、ふたつの中間でした。量は同じですが、カロリーも1200~1400キロカロリー。水分量は70%~72%。香りは別として何となく食べた時のイメージ感がそこにまとめられているのかなと思います。

竹中 今の話、山口さんのところはわりと野菜のペーストを使ったり、オイルを少なめになっていますが、もっとオーソドックスなフレンチ、昔のフレンチやったら、もっとカロリーが高くてということはないんですか。

山口 この数字から仮説を立てたのは、川崎先生の講義での料理のプロセスをたどると何料理になのかということです。和食は調味料を使う。フレンチは調味料を使わない。化学反応を鍋の中で起こしてつくっていく。その過程で水分は飛んでいきますよね。そのことで水分量は少ない。中華料理は調味料もあるが、加熱があって中間的な動きをするのかなと想像しました。日本料理はダシが多い。昔の料理で、デミグラス、最初はスチームを使う。あの時から水じゃなくなっている。和食のすべては水の中に何かが浮遊している。フランス料理は水の中に入れたものをグーッと凝縮して仕上げる。そのへんの違いがあるのかなと思いました。

門上 山根さん、イタリア料理はどうですか?

山根 同じ考えでつくられているものがたくさんありますけど、凝縮感でいうとフランス料理ほど凝縮していない。献立として考える時、僕らはすでに日本料理を知ってしまっているから、わざと汁っぽい料理を入れたりして計算する。完全に当てはまらなくなっている部分もあるのだと思います。

門上 フランス料理は水分が少ないというのは、ワインはどうなのか。ワインは別なんですね。その水分をワインで補っているかもしれない。

川崎 ジャンルの議論って、京都の日本料理ラボでもやっていて、違うジャンルの料理人が集まると必ずこの議論になります。現代は情報共有が進んでいますが、もともと土地ごとの料理しかなかったわけで、フランスで他のジャンルの料理は食べられなかったはずです。食べたいものが食べられない状況があったんです。そもそも料理とは何か。栄養をとるためなんですね。おいしいと思うのは、おいしいと思わされていると考えた方がいい。人間はその土地で育っている植物や動物を「おいしいな」と思って食べられる人たちが生き残っている。なぜジャンルの違いがこんなにあるか。人類はもともとアフリカで生まれて旅をして、植物や動物のいない僻地まで行っている。そんなことできる生き物は人類以外にいません。しかも、栄養を摂取する内臓の機能が特に変わらないまま移動している。「グレートジャーニー」という考え方で武蔵野美大の関野吉晴先生が人類の辿った道とは逆に旅をされた。自分の足で旅をしながらその土地にあるものを食べる。そうすると、わかってくることがある。人類は顔の色とか体型とか、ある程度違いますが、ある程度の幅に収まっています。食べるものも調理技術も、栄養素も、ある程度の幅でしか違わない。
そういう観点から考えると、食文化の違いに行き着く。では食文化は何のためにあったのか。「伝統技術」なんですね。動物は移動できるが、植物や微生物は自分では移動できない。移動できないから、その土地に適応して進化することで、多様な特徴をもつようになった。その土地で育つ植物は動けないけれど、それを人間という世界中どこにいっても変わらない対象があって、その口に入る形に変えるのが「調理技術」です。その技術が違いを生む。日本の植物とフランスの植物が違うのに、食べる側の人間の栄養欲求があまり違わないから、調理技術が変わってくる。逆に、日本でフランス料理をつくる場合、対象となる日本人の好みにあわせていくとフランス料理は絶対にフランス料理から日本料理っぽくなります。食べる対象にあわせていたら、料理は均質になってしまう。だから、壁をつくらないといけないのです。逆にいえば「何を違わせるか」という議論をしてもいいくらいです。「壁をつくる」というとよくない印象もありますが、もしかすると、そこまでしないと、これから融合していってしまう。そういう料理もあっていいと思います。でも、違うことを知っている人は「フランス料理を食べたい」「日本料理を食べたい」と思うはず。中間のよくわからない「創作料理も食べたい」時もあるかもしれないけれど、確固たる伝統があって、それを知っているから「真ん中も食べたい」のであって、全員が真ん中を求めるようになったら食文化がなくなってしまう。というのが、思っていることです。

門上 「料理と温度」というテーマからいろんなところに広がりました。ジャンルの問題は常に話題になりますが、川崎先生にうまくまとめていただきました。関西食文化研究会ではいろんなことが出てくるなと感じています。ここまでやる会もないのではないかと思っています。この会は、食の何を考えるか、デザインや哲学も含めていろんなことを議論していける会だと思っています。この後の交流会で個別にいろんな議論ができればいいなと思っています。本日はありがとうございました。

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