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10年目の「だし」サミットProgram 1:スタディ 2/2
Program 1:スタディ 2/2
講師紹介
基調講演:『料理人のための「だし」のサイエンスとデザイン』

■Why;なぜ、だしが重要か
以上を踏まえて「なぜ、だしが重要なのか」。うま味だけではなく、味成分といわれるもの、五味があります。それは情報、特に栄養情報を伝えるために存在する。甘味はエネルギーのシグナル。甘味のあるものを口に入れると「この食品はエネルギーがある」と思って食べる欲求になる。エネルギーだけだったら、デンプンとか、うどんでいいのですが、そのまま食べてもそんなに味がない。噛むと甘味は感じますが、デンプンだけだと分子が大きいので甘味がない。うま味成分もタンパク質のシグナルであるといわれます。タンパク質の分解物アミノ酸を味わって、おいしいと食べるとそれはタンパク質を摂ることになる。塩味はミネラル、酸味と苦味は忌避の味といわれます。酸味は腐敗、苦味は毒物のシグナルといわれます。人間はそういうものを楽しんで「ちょっと入っているならいいやん」と思う。それが五味の考え方です。
ここで議論が起こります。うま味がタンパク質のシグナルか、では、日本料理はだしを何のために使うか。日本料理のだしは、野菜や炭水化物に使います。不思議じゃないですか?生理学的にうま味がタンパク質のシグナルなら、口ではうま味、脳ではタンパク質だと思って食べるが、実際、口に入って消化されるのは野菜だったり炭水化物だったりするのです。西洋料理では、肉を焼いてうま味があっておいしいなと思って食べると口に入ってくるのもタンパク質です。じつは、そこが日本料理の栄養学的に優れているところで、だしは野菜とか炭水化物をおいしくするために使われてきた。バーチャルみたいなもので、実質でない味覚を舌で感じ、体に入れるのがうどんとかエネルギーとか、違うものだということが特徴です。これは日本料理の特徴であるととらえるべきだと思います。
うま味調味料、グルタミン酸ナトリウムが乳酸の収れん味を抑制した実験があります。うま味成分がいやな味を抑制しています。日本料理においては野菜のいやな部分を抑制しておいしく食べさせる。これが日本料理がうま味を意識して使ってきたことの理由かなと思います。さらに最近は海外において、例えば、レストラン「noma(ノーマ)」では油脂をどんどん減らしていこうという考え方になっています。弊害は、香り成分は油に溶かすことが多いので、油を減らすと香り自体も減っていくこと。「noma(ノーマ)」で料理を食べるとその土地のハーブがどさっと出てきます。さらに、ソースというより、だしで食べさせる。油脂を減らすとおいしさだけでなく、香りも減るから、だしを増やすのが特徴かなと思います。これは世界的な料理の潮流になっていくと思います。
だしの役割を3つ提案しようと思います(参照:表6)。一つ目は「おいしさの担保」。料理の理(ことわり)、料理がわかっている人にとっては、だしなしでもできる。何からうま味成分が出るかわかっているからです。それがわからないから、だしをおいしさの担保にする。野菜をだしで炊くとおいしくなる。二つ目は「おいしさの形を変える」。昆布締めで、うま味成分を昆布から違うものに移す。豚肉を昆布締めにして焼いて食べる。形を変えていく訳です。三つ目は「おいしさを融合する」。水の中でいろんなものを入れて反応させる。昆布を水の中でいっしょに炊くのはどういうことかを考える。こういうことが、だしの成分と材料から考えた「だしの役割」と思います。

■How;どうつくるのか。どう使うのか
だしをどうつくるか。鎌倉女子大学名誉教授の成瀬宇平先生がされた研究から。昆布だしの抽出条件をいろいろ変えてグルタミン酸濃度を計った。30℃、60℃、80℃、30℃のものを60℃に上げていく。すると「60℃で60分抽出した昆布だしが最もグルタミン酸が多くなった」という研究です。その結果を踏まえ、より昆布を活かした条件を決めていく。関西か、関東か、海外でか、問題は水の硬度です。京都は軟水ですから、鰹や昆布だしが出やすい。しかし、実際に計ったものです(参照:表7)が、10分で96℃に加温して、鰹節を入れて1分加熱し、消化して濾過する。鰹昆布だしですが、軟水で、そんなに出ていない。硬水が出ているという実験結果です。蒸留水、軟水、硬水、高硬水でコンソメと鶏だしのアミノ酸を比較した実験があります(参照:表8)。結果は、高硬水の総アミノ酸量が多かった。どういうことか。西洋料理、中国料理の場合、高硬水はカルシウムがタンパク質と結合する。タンパク質は生の食材からタンパク質が出てきて、カルシウムについて上に上がってきて灰汁のようになる。それをきれいにとりやすい。メカニズムはそこまで明らかになっていませんが、この結果があるとどうなるのかなという気もします。60℃で60分抽出が本当にいいのか。軟水がいいのか。もしかすると、もう少し実験してもいいのかなという気がしています。


まだまだ、だしにはやることがあるという話です。今までのだしではなく、新しいだしを発明する時に、だしは水に味成分、香り成分が含まれていると考えると、うま味成分の多い食材からだしを取ればいいじゃないかという考えも出る(参照:表9)。以前に雑誌『あまから手帖』の連載で試したことがあります。白菜、マッシュルーム、ほうれん草、海苔、ホタテ、というグルタミン酸の多い食材でつくってしまうこともできます。さらに「菊乃井」の村田吉弘さんが、ドライトマト、鶏ムネ肉でつくっただし(参照:表10)など。日本料理に使える新しいだしが発明されていく訳です。海外でも「noma(ノーマ)」のレネ・レゼピがかかわっている「ノルディック・フード・ラボ」のように、豚で黴づけまでした豚節をつくることをやっています。


新しいだしを発明する(参照:表11)。何から×何に×どうやって、と考えれば、その組み合わせは無限に広がる。何から鰹節なのか、昆布なのか、野菜なのか、豚節なのか、うま味成分が多い何から何に、とか。日本酒でもいいかもしれない、ワイン、ジュース、どうやって何分何秒とやって、昆布を水で、100℃で1時間とか、60℃でもいい。わざと数秒でやってみる。昆布を砕いてエスプレッソマシンに入れると、数秒で超濃厚なだしが取れました。でも、爆発する可能性があって危険ですから気をつけてしてください。ということで、新しいだしは多分発明できると思います。NPO法人「うま味インフォメーションセンター」のつくったデータベース「うま味データベース」で、うま味成分の検索ができます。例えば、ニンジンで検索するとニンジンのグルタミン酸の量が出てきます。どういう野菜、どういう素材にグルタミン酸が多いかがわかりますから、それを使えば新しいだしができると思います。

私が、象徴的だと思うのは「お浸し」です。うま味成分は食材を移っていく、という発想。最初、鰹節とか昆布に入っているうま味成分がある。水に移り、だしと呼ばれ、それでおいしいとなる。「うま味成分の転移が、だしである」というのが私の考え方です。だしというコンセプトが料理を発展させると思います。だしを取るのは水に抽出するだけではなく、日本酒とかワインでもいい。昆布締めは見えないが、昆布からだしが勝手に出て魚とか肉に溶け込む。ミクロな目で見ると、だしが使われている。だしというコンセプトが料理を発展させるのだと信じて研究を進めています。ありがとうございました。
