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「魚の火入れ」Program 3:パネルディスカッション 2/2
Program 3:パネルディスカッション 2/2
講師紹介

門上 味醂は日本料理だけですかね。液体甘味料になると西洋料理にもありそうですが。
山根 甘口ワインをマリネに使うとか、煮詰めてソースにするのはフレンチやイタリアンにも使うと思います。味醂の原料は米ですが、酒を米のワインと考えたら、そんなに違わないような気がします。老酎とかシェリーのように甘口になるとより似てくるような気がしますけど。
門上 質問で「中をしっとりとか、表面を焦がさないで、といいますが、しっかり火入れしておいしい料理もあるはず。しっかり火入れをする料理はどうですか」とありますが、日本料理ではどうですか。
髙橋 脂が乗っている魚を塩焼きとか、幽庵焼きとか、味噌漬けにして焼くと普通に炭で焼いてもしっとりしている。日本料理では中が75~80℃まで温度を上げて、表面は100℃にと、そういう状態をつくること。魚自体はいいものであればあるほど脂が乗っていて値段も高い。脂が密に入っている魚は普通パサつかず、おいしい状態がつくれるので、それ自体がおいしい魚の焼き物だという前提があります。脂の乗った魚を焼いた状態が一番いい。脂が乗っていない二番手、三番手の魚は調理技術を加えるか、もしくは蒸したり調理法を変更する必要がある。味を強くする。何かを足す。味噌をつけてとか油を塗ってとか、必要になってくるかと思います。
門上 「しっかり火入れをする料理もあるのではないか」という質問にはどうですか。
山根 もちろんあります。じっくり、ほっこりおいしいというのは、結構しっかり加熱しているような気がします。魚も白身でコラーゲンの多い魚は中途半端な火入れより、しっかり火入れした方がゼラチンの甘さとかゼラチンが溶けた時のジューシーさを味わえる。さっと火入れをして、あとは生というのがおいしいとは思わないですね。甲殻類はがっちり火を入れるのはどうかと思いますが、肉や魚はゼラチン質の多いかどうかによって加熱のしっかり度が変わるような気がします。ブリとかも腹身と背身では脂の乗りが違う。テクニックとして腹と背を挟んで紙で巻いて一つにして一回加熱してから固めて炭で焼く。脂を挟むことでおいしくなります。その場合、加熱は完全にします。おいしいものは完全に加熱しているような気がします。
山口 カテゴリーの区別だと思うんです。フランス料理は日本料理と違って一つの鍋でごった煮する。どこの地方にいってもそうです。ラタトゥーユにしてもカスレーにしても全部一つの鍋でゴトゴト煮る。おいしいんですけど、それをレストランのメニューで出して喜んでもらえるか、ということなんです。時代の変化で昔は一つのコースの中で起承転結をつければよかったんですが、今は一口ずつ変化がありアクセントがないとお客さんに認められない。求められるものとして出す料理と賄いの料理は別問題だと思うので、区別はあっていいと思いますが、プロの料理がすべてではないと思うし、家庭料理がすべてではないと考えます。
川崎 過去は熱源の問題からしっかりした火入れしかできなかった。衛生上の問題もあり、しっかりした火入れが必要だから、どう処理して柔らかくするかということが調理技術の発達につながると思います。クラシックな料理はそうあるべきだし、それを現代風にモディファイしていく。火入れを柔らかくするのとは、また違う概念ですから、どっちがいいという話ではないと。どういう料理を目指すかによってデザインにもかかわってくる。ムニエルの問題でバターを入れて油脂を入れてフライパンの加熱を水分の蒸発に使うことによって、フワッと揚げるのがムニエルだと。冷たいバターを入れて温度も一定にする。昔は加熱源の温度コントロールができなかった。今はそうする必要がないからスチコンで50℃加熱すれば柔らかくなる。それによってムニエルという技術がなくなってしまうのではないか。それでいいんだろうか。シェフがムニエルを継承するためにはお金がかかる。バター代もかかりますしね。スチコンだとすぐできるけど、ムニエルを教えるには育成のコストがかかる。だからやめようという問題ではないし、文化を残すのはお金がかかるということです。
門上 問題はいろいろ出てくると思いますが、お客さんがほぼ日本人の場合と比べ、現在は海外からのインバウンドも増えている。そのあたりのコントロールについて国別にうかがいます。
山口 フランス料理はインターナショナルな料理です。調味料を使わず、鍋の中で化学反応を起こして醤油とか味噌とかと同じようなものをつくりあげて料理をつくる。そこには黴とかも使っていないので、世界中で食べられる。日本料理を世界の人に食べてもらうためには工夫が必要ですが、それに比べてフランス料理とかイタリア料理は楽だと思います。ここ数年、フランス料理もイタリア料理も30代の人たちが台頭してきて、彼らなりのフランス料理、イタリア料理をつくれる時代になりましたので本領発揮の時がきたなと思っています。
山根 うちの場合、インバウンドの方で日本に来て「イタリア料理を食べようか」という人はいない。そういうひとは、多分上級者です。でも、イスラム圏の人とかベジタリアンとかが増えているのは事実です。そうなると、今まで使えていたものが使えない。どうするかは頭の痛い問題で、ある程度準備しておかないと急にはできない。中には海外の人で「出汁とかブロードもだめ、アンチョビもだめ、チーズもだめ」といわれる時がある。つくっていて「おいしくないな」と思いながら出すんです。でも、出したら、おいしいといわれて、感じ方が違うとわかる。ずっとそれを食べている人には、その中でのおいしさがある訳で、そこは気にしないでもいいのかなと思う部分もあります。
髙橋 日本料理を食べた後、焼肉を食べにいく人がおられます。私らがつくっているのは1000kcalくらいなので、できるだけカロリーを上げるような努力が必要になっています。魚でも高カロリーなものを使ったり、肉を取り入れたり、出汁は若干強めに仕立てます。そういうところでボリューム、満足感を増やすようにしています。出汁の昆布と鰹節もいっぺん通りにしない。これは鉄則で、2品、3品出すと飽きてきますから、違うものに変えていく。炭水化物は白ご飯を出さずに炊き込みご飯にするというような工夫が求められています。
吉岡 世界中どこにいってもチャイナタウンはあって中国料理は現地の人に受け入れられている。中国は日本と違い、漢民族と少数民族とが戦う中で王朝の交替が頻繁に行われた。多くの民族が共生し異なる文化が交差、衝突し、拡散吸収を繰り返した結果に現在の中国料理がある。多様性と柔軟性をもつことが世界に受け入れられている理由の一つでもあります。食のタブーを除けば中国料理店が特別な対応を講じることはほとんどないように思います。
川崎 世界の料理が、なぜこんなに多様か。アフリカで生まれた人類が全世界に散らばっていった。世界は地域の自然、動物、植物を含めて多様である。でも、栄養欲求は変わらない。タンパク質は必要だし、糖質、ミネラルも必要、ビタミンも必要。世界の多様な自然に適応するために変わったのが料理だと思っています。たとえアフリカへ行こうが、フランスに行こうが、タイへ行こうが、いろんなところで「おいしいな」と感じるのはなぜか。栄養欲求は変わらない人間が世界で自然が違うからといって食べない訳にはいかない。必要に迫られ各地で工夫して食べられるものが発展していった。それが料理の素晴らしいところであり、面白いところだと思っています。
門上 今回も本研究会のコアメンバーの個性が際立ち、グループディスカッションでもいろんな意見をいただきました。髙橋さんと山根さんにはデモンストレーションありがとうございました。いつもながら川崎先生には整理していただき、それぞれのデモンストレーションを考察していただきました。みなさん、ありがとうございました。これからも関西食文化研究会をよろしくお願いいたします。



