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関西食文化研究会第44回定期イベント基調講演レポート 「意味」をデザインする-なぜ今経営にデザインが必要なのか- 株式会社ライトパブリシティ代表取締役社長
講演:「意味」をデザインする-なぜ今経営にデザインが必要なのか-
「デザイン」という言葉から、私たちは何を思い浮かべるでしょうか。ロゴやポスター、建築、プロダクト。その多くは、目に見える「形」として現れます。しかし、本来のデザインとは、形をつくることだけなのでしょうか。
関西食文化研究会第44回定期イベントでは、ライトパブリシティ代表取締役社長の杉山恒太郎氏を迎え、「経営とデザイン―意味をデザインする」をテーマに基調講演が行われました。広告・クリエイティブの第一線で長年活躍してきた杉山氏が語ったのは、デザインを「形」から解放し、ものやサービス、そして企業そのものの「意味」を捉え直すという考え方でした。その話は、広告や経営にとどまらず、食ビジネスの未来を考えるうえでも、多くの示唆を与えるものでした。

広告は「何をつくるか」ではなく、「何のためにつくるか」
杉山氏は1974年に電通に入社。クリエイティブディレクターとして広告制作に携わり、1999年からはデジタル領域のリーダーとして、インタラクティブ広告ビジネスの確立にも取り組みました。
その代表的な仕事のひとつが、小学館の「ピッカピカの一年生」です。当時、世の中に出たばかりのビデオカメラという技術を使ったこの広告は、単に新しい機材で撮影したというだけではありません。新しいテクノロジーによって、それまでにはなかった表現そのものが生まれた。杉山氏は、こうした経験を通して、テクノロジーや手法が変われば、表現も変わることを示しました。
一方、サントリーローヤルのCMでは、商品説明をほとんど行わず、強烈な映像表現によってブランドの世界観を伝えました。今やカルト的CMと語られる同CMの制作意図をよく聞かれるそうです。杉山氏は、広告は芸術とは違い、必ず「目的」があると説明します。企業から与えられた目的に対して、「何をしたらいいのか」「どういう表現をしたらいいのか」を考え目的をかなえていく。それが広告の仕事です。
その後、ライトパブリシティに移り、現在は同社の代表を務めています。ライトパブリシティについて杉山氏は、「日本のデザインの歴史そのもの」ともいえる会社だと紹介。オリンピック公式ポスターとして世界で初めて写真を使用した東京オリンピックのポスターをはじめ、同社はこれまで数多くの広告・デザインを手がけてきました。また、篠山紀信、和田誠など、日本を代表するクリエイターも輩出しています。
杉山氏は海外の広告賞で審査員を務めた経験から、広告とは単に商品を売るためのものではなく、社会に向けた「公共コミュニケーション」でもあることに気づいたといいます。企業が何を伝えたいかだけではなく、社会との関係の中で、人に気づきを与え、よりよい社会に向け何を伝えるべきなのか。そこに広告の本質があるという考え方です。

デザインは「形」ではなく、「前提」を考え直すこと
ここから話は「デザイン」へと進みます。日本では、デザインという言葉が「意匠」と訳されたことから、「形をつくること」「見栄えをよくすること」と捉えられがちです。しかし、本来のデザインには「設計する」という意味があります。杉山氏が示したデザインの本質は、シンプルです。
「形をつくるものではなく、前提を考え直すこと」
何をつくるかを考える前に、そもそも何のためにつくるのか。誰のためなのか。いまのやり方が本当に正しいのか。その前提を疑い、別の視点から捉え直す。杉山氏は、「アート思考」や「デザイン思考」は、それを特別な才能や芸術大学で学ぶ特殊な技巧として捉えるのではなく、自分自身の視点から物事を考え、解釈する力だと語りました。
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ロウソクは、なぜ売れ続けているのか
その考え方を象徴する例として紹介されたのが、「ロウソクと電球」の話です。この話はミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授によるTED Talks*での有名なプレゼンテーションです。電球が普及すれば、暗闇を照らすロウソクの役割はなくなる。そう考えるのが自然でしょう。ところが、家庭に照明が当たり前に存在する現在でも、ロウソクは使われ続けています。それどころか、ベルガンティ教授の研究によると2000年前後からロウソク市場は拡大しているといいます。なぜでしょうか。ロウソクそのものが進化したからではありません。
ロウソクの「意味」が変わったからです。
「暗闇を照らす日用品」から、「癒しや安らぎを感じる嗜好品」へ。同じロウソクでも、意味が変われば価値が変わる。杉山氏は、こうした「意味のイノベーション」こそ、「意味をデザインする」ということだと説明しました。時代に合わなくなったように見えるものがあったとしても、すぐに物そのものを変える必要はない。「このものに、どんな新しい意味を与えることができるのか」そこから新しい価値が生まれる可能性があります。
「昭和の大衆食堂」をどうデザインするか
杉山氏は、この考え方を食の世界に置き換えて考える例として、「昭和の大衆食堂」を挙げました。食の多様化が進み、西洋料理が人気だからといって、これまでうどんを茹でていた大衆食堂がパスタを出し始めれば、それで新しい店になるのでしょうか。そうではない。
その店に残る「昭和の匂い」や、「おばちゃんがつくる手料理」といったものこそ、他にはない価値かもしれません。それを別の文脈(コンテキスト)で捉え直す。すると、古く見えていたものが、突然新しい価値を持ち始める。杉山氏がクリエイティブの仕事で大切にしているのは、最終的にロゴやデザインなどの「形」をつくることだけではありません。
「対象の本質をあぶりだし、その本質をどの文脈(コンテキスト)に乗せれば、そのものが新しい意味(デザイン)そしてそこから生まれる価値を持つのか、を見つけること」
そこにデザインの重要な役割があると語りました。

シェ・パニースが変えた「食べること」の意味
食の分野における「意味のデザイン」の事例として、カリフォルニアのレストラン、シェ・パニースも紹介されました。
アリス・ウォータースが1971年に開いたこのレストランは、現在では広く知られるようになった地産地消、オーガニック、ファーム・トゥ・テーブルといった考え方の先駆者として知られています。しかし、杉山氏が注目したのは、料理のスタイルそのものではありません。アリス・ウォータースは、単に「おいしい料理を提供するレストラン」をつくったのではない、
「食べる」という行為そのものの意味を捉え直した。
そこにイノベーションがあったというのです。
食べることを、単なる生命維持やおいしさのための行為ではなく、食材、生産者、季節、地域、そして地球環境との「つながり」をつくる行為として捉える。料理だけではなく、サービスや生産者との関係、さらには食に対する倫理までを一体として考える。そうすることで、レストランで食事をするという行為そのものに、新しい意味を与えたのです。
シェ・パニースは、料理を変えただけではなく、
「食べることの意味」をデザインした。
その視点は、これからの食文化を考えるうえでも、非常に示唆的なものでした。

偉大なブランドは、「自分」について語らない
講演の終盤、杉山氏は、自分が大切にしている言葉としてアップルコンピュータが世界一の時価総額を誇った当時のクリエイティブに携わったクリエイティブディレクター、リー・クロウ氏の言葉を紹介。
「偉大なブランドは、自分についてではなく、自分が愛するものについて語る」
企業は、ともすれば「私たちはこんな会社です」「こんな商品をつくっています」と、自分たちのことを語りたくなります。しかし、それだけでは人の心は動かない。企業が一方的に自分たちについて語るのではなく、生活者が共感できるもの、愛するもの、より豊かな生活につながるものについて語る。そこにブランドの役割がある。杉山氏は、広告とは企業の「自己紹介」ではないと語りました。意味を変えることで、人に新しい気づきを与える。そして、その気づきが、より豊かな生活へのきっかけになる。それこそが広告の役割なのだという考え方です。

東京大学が新設する「デザイン」の学部
講演の最後に杉山氏が紹介したのが、東京大学の70年ぶりの本格的な新学部となる2027年9月の開設を予定している「UTokyo College of Design」です。
東京大学では、デザインを単に「ものの形や見た目をつくること」と捉えるのではなく、社会の仕組みや未来そのものを構想する、より広い概念として位置づけています。
杉山氏が講演で語った「デザインとは、形をつくることではなく、前提を考え直すこと」という考え方は、こうした動きとも重なります。
既存の枠組みを前提にするのではなく、「そもそも何のためにあるのか」「どんな意味を持つのか」を問い直し、そこから新しい価値や社会のあり方を構想する。そうした広義のデザインが、いまや広告やプロダクトだけでなく、経営や食、さらには大学教育の領域にまで広がっています。
「意味をデザインする」という今回の講演テーマは、こうしたデザインの広がりを考えるうえでも、重要な視点を提示するものでした。

「デザインする」とは、未来の可能性を見つけること
今回の講演を通じて浮かび上がってきたのは、デザインという言葉の、思いのほか広い意味でした。デザインとは、ロゴやパッケージを美しくすることだけではない。
新しい商品をつくることだけでもない。
「当たり前」と思っている前提を問い直し、そこにまだ見えていない意味を見つけること。
その視点に立てば、古いものにも新しい可能性が見えてきます。ロウソクは「照明」から「癒し」へ。大衆食堂は「古い食堂」から「昭和という文化を体験できる場所」へ。そしてシェ・パニースは、「食事をする場所」から「食べることと社会とのつながりを考える場所」へ。杉山氏が語った「意味のデザイン」は、既存のものを否定して新しいものに置き換えるのではなく、いまあるものの本質を別の視点から見つめ直し、そこに新しい価値を発見するための方法ともいえるでしょう。
それは広告や経営だけの話ではありません。長い歴史を持つ料理、地域に根づいた食文化、受け継がれてきた技術や素材。そうしたものを次の時代へどうつないでいくのかを考えるときにも、「意味をデザインする」という視点は大きなヒントになるのではないでしょうか。「何を変えるか」ではなく、「そのものに、どんな新しい意味を見つけられるか」。今回の講演は、食文化のこれからを考える私たちに、そんな問いを投げかける時間となりました。
*TED Talksとは、アメリカに本部を置く非営利団体「TED(Technology, Entertainment, Design)」が主催する、各界の専門家や著名人によるプレゼンテーションの動画配信プロジェクト。スローガンに「Ideas worth spreading(広めるに値する価値のあるアイデア)」を掲げ、科学、ビジネス、テクノロジー、心理学、デザインなど、幅広い分野の優れた発想や知見を無料で世界に発信。
杉山 恒太郎 (すぎやま こうたろう)
株式会社ライトパブリシティ 代表取締役社長
東京都生まれ。立教大学経済学部卒業後、電通に入社。
クリエーティブディレクターとして活躍。
1999年よりデジタル領域のリーダーとしてインタラクティブ広告の確立に貢献。
電通取締役常務執行役員を経て、2012年4月ライトパブリシティへ移籍。2015年4月より現職。
2017年経済同友会加入。カンヌ国際広告賞国際審査員。イギリスの「キャンペーン誌」で特集されるなど国際的にも知られるクリエーター。
