Program 3:ディスカッション:「料理のフロンティア」 2/2
講師紹介


門上 食べ手の責任という話がありましたが、メディアにかかわる者としては常に考えなければならないことです。それについては改めて機会をもちたいと思います。料理の世界では食べ手が育つことも大事なことですが、味覚はどんどん変化していくものですかね。
村田 それをわかっている人は1割か2割。あとはいろんなことに紛らわされて、どれくらいの食材で適切な調理ができているか、わかってない食べ手が大方。そこそこのレベル以上であれば、皆「おいしい」という範疇に入ってくるのですが、僕らは1、2割の人を集めて商売をしたいとは思っていないので、わからん人にも喜んでもらい、わかる人にもいてもらえる料理をめざしますから。「菊乃井」の料理を出すことに関しては、どの店へいってもらっても同じです。
門上 和久田さんはシドニーとシンガポールでは味に変化をつけていますか。
和久田 ベースは多少変えました。シンガポールの場合は年々、和のものを使って和の味を向こうの方に合うようにしています。今は「こういうものを」「これが食べたい」と、はっきりいわれます。毎日昼は外食、そういう方たちは飽食しているから、違うものがほしいのですね。オーストラリアでは、そういうことがなかったんです。ただ、何年か前に食べたものをもう一回食べたいというようなリクエストはある。レシピはコンピュータの記録でわかりますから、それを見て出します。オーストラリアでもシンガポールでも感じるのは、お客さまが食べられないものがすごく多くなってきていること。アレルギーのお客さまも結構多い。10数年前には考えられなかったことで、レストランは確かにグローバル化してお客さまも変わってきているような気がします。
門上 成澤さんのところは、この数年、お客さまの変化はありますか?
成澤 一度出した料理はデータがある限り二度と出さないので、うちの場合はできるだけお客さまにフィットしたいと、すべて受け入れています。菜食主義の方には野菜だけでも全部で15種類の料理があるので。乳製品がだめなら豆乳を使ったり。コース12皿でバターや生クリーム使っている料理はひとつもない。グルテンフリーの方には、小麦粉を使わないでやる方法がありますし、片栗粉はいろんなものが混ざっているので危険ですが、わらび、葛は本物を使えば十分、揚げ物もできる。お客さまの情報があれば事前に対応しますが、料理にとりかかる前にその場でもお聞きして対応しています。コースといっても、お好みを聞いてなるべくお客さまにフィットさせるように努力します。前衛的な料理かもしれないですけど、食事の空間を楽しんでいただくわけですから。そういったことすべてを楽しんでいる部分もあるんです。
門上 食べ手の問題も含めて、味覚の変化をどう捉えていけばいいのでしょう。
辻 美食の歴史をみても、アレルギーとか宗教的制限とかの問題を抱きながら味覚は変化していくことは、そんなに変わらないですよ。ただ料理人の寿命が短くなってきている。今後とも、いい料理をつくり続けていただきたいのですが。どれだけ安定して、いい料理を継続的に提供し続けられるか。それに対して味覚が変化するかどうかということは強く左右すると思います。もっと必要なのは食べ手の責任もさることながら、作り手の技術者としての社会的責任。食べ手に対して啓蒙作業をすることが昔よりもはるかに必要です。それを横で支える評論文化も、これからの味覚の変化に大きな影響を与えることになると思います。
門上 大切な命題をいただきました。料理の世界もどんどん情報量が増えています。関西食文化研究はあらゆる角度で、いろんなテーマに取り組んでいきたいと思います。最後に、みなさんから、料理人はこれからこういうことを学んでほしいというメッセージをお願いします。
村田 日本料理は情感に訴える部分が多く、論理的に説明のつかないことが多いので、それを明確にしていくほうが、世界にはわかりやすい。日本人の精神文化を押しつけても、理解してもらえないので、相手と同じ土俵で相手のわかる言葉で、わかるように伝える。これは日本料理にとって重要なことやと思います。
和久田 料理人として、レストランの経営者として、料理人は若い人にとって夢のある仕事だと思っています。自分は海外から日本をみている人間ですが、料理ができたら、世界中どこでも生きていける。デマンドのあるプロフェッショナルだから世界的に認められる。今、世界中から誰かいませんかといわれるくらいに料理人の需要はすごくあるのです。若い人に夢のある、すてきな将来のあるプロフェッショナルなんだとアピールできたらいいなと思っています。ところが今、世界的にも料理人になりたい人間が減っている。とくにヨーロッパではそういう傾向らしいのです。オーストラリアは料理学校は政府でやっていますが、生徒がいない。今は何料理というのは関係ない。うちでよければ、若い方にきてもらい、いいものを見せて、皆がプロフェッショナルになってほしい。そういうことができるように、ぜひ頑張りたいと思います。
成澤 僕も最初、料理人になるために異常なほどの情熱だけでスタートした。料理をつくりたいとか人を喜ばせたいとか、その情熱は、前よりも今の方が大きいかもしれない。そういう情熱があった時に、どっちの方向に向かないといけないかを話します。まず、自分にウソをつかない。自分を裏切らない。真実を真実として通す勇気と、そのリスクも恐れないようにしないといけない。味覚については、これからが心配です。子どもたちの味覚が、大人になった時のことが。世の中に出回っているものを何の疑いももたずに口に入れる子どもたち、すごく怖いですね。自然な苦みや固さ、弾力をきちんとわかる、たとえていうと、山道のガタガタのところを歩くと自分が注意を払わないと当然、転ぶ。崖から落ちる。あたりまえのことですね。そういうあたりまえのことをきちんと積み重ねていかないと、まともな料理人ほどやっていけなくなる。沖縄はどんどん寿命が短くなってきています。食の変化が背景にある。なぜ沖縄に注目しているか。いろんな部分で日本の縮図が出ているからです。
次に、評論という点ではメディアの役割は大きい。海外の食ジャーナリストたちとかかわっていると、日本に果たして食のジャーナリストと呼べる人たちがどれほどいるだろうと思えてきます。海外のジャーナリストたちは、メールでも電話でも「次、成澤は何をやる?同じことをやらないよな」と訴えかけてくる。食事にも頻繁にきてくれる。その時の感想も的確です。ある時は涙しながら、ある時は考えこんで、自分の感覚できちんとものごとを見る。回りが「いい」というから、いいんじゃないかと思いながら食べたり、皆が「おいしい」というから、おいしいというとかはしない。日本の食ジャーナリストはもっと自分をもって信念をもってやっていくようにしないと、すぐ離れていく危険性を感じています。
僕は今年も利尻、礼文島にいって昆布漁をしてきました。昆布はとってみると、すごくわかる。昆布は日本人にとっては重要なものだけど、昆布をとりにいった日本の料理人はどれほどいるか。それをやっていないと、海外のシェフたちの方が先に現場にいきます。日本にきて鰹節の発酵現場を見にいって「日本で鰹節は重要だけど、鰹自体は輸入もんなんだ」とバレちゃう。真実でいかないと足元をすくわれます。日本人にとって胡麻は重要です。しかし、日本で胡麻の生産量は0.01%しかない。そういうことを知らないで胡麻の料理とかやっていても、海外から「日本のどこ産」と聞かれても躓く。そういうことが重なっていくと、世界の人たちはさっと引いていく可能性があるのではないかという気がしています。
村田さんも和久田さんもパワフルです。これから料理をやろうという若い人たちは、社会とつながり、地球とつながり、世界とつながらないといけないので、パワフルでがむしゃらにやっていってほしいなと思います。
辻 これから料理人が学ばないといけないことは、先におっしゃった通りです。細かいことは社会性、語学、理論などとありますが、なぜ理論がわからないといけないか。料理人はこれから、話して伝えることがもっと求められますが、わかってないとしゃべれない。これが一番重要です。そして、育成方法。「最近の若い者たちは」と言っている人ほど人を育てるのが下手な人はいません。いかに若い人たち、部下を育てられるかというノウハウを、今までのことを覆しても、これからの方法を考えないといけない。技術者も外に出る時代になってきたので、社会性、人間としての深みを学ぶべきであると。そのへんは確実に解決していけると思います。
最後に、若い人たちへ。先輩たちに頼らず、自分たちがどうやって時代を変えていこうとするか、上の人には頼らない。自分たちで料理界を変えていこうというくらいの精神的な対応、ハングリーさを確実に料理人は学ばないといけない。今、世界で英語は8割が第二外国語です。母国語としてしゃべっているのは2割。しかし確実にこれからの調理場は英語になっていきます。英語なんてあたりまえ、フランス語もあたりまえになる。日本の若い料理人は、外語学を学ばないと世界で通用しないと考えています。
門上 みなさま、ありがとうございました。以上でディスカッション「料理のフロンティア」を終わらせていただきます。
(以上の原稿は記録を抜粋して編集しています:文責/関西食文化研究会事務局)




