Program 3:トークセッション:「集客をテーマに人・街・店について語り合う」 1/2
講師紹介


出演者:佐藤 裕久氏:(株)バルニバービ代表取締役社長、山口 浩氏:「神戸北野ホテル」総支配人・総料理長、本郷 義浩氏:毎日放送チーフプロデューサー
進行:門上 武司
門上 このトークセッションには、毎日放送チーフプロデューサーの本郷義浩さんにもご参加いただきます。本郷さんは毎日放送「魔法のレストランR」をはじめ食に関する番組を数多く手がけてこられています。本日は食を提供する側のお二人に対し、本郷さんは食べる側でもあり、伝える側の立場からお話していただきたいと思います。最初に本郷さん、食に興味をもたれたのには何かきっかけがあったのですか。
本郷 テレビの仕事をするまで食には興味をもっていませんでした。1988年に毎日放送に入社して30年以上番組をつくり続けていますが、1年目にテレビ制作に配属されたんですけど、番組は上司が勝手に決めるわけです。「あなたも料理長」という番組でした。主婦の方がスタジオに来て、調理師学校の先生と組んで料理をつくるという内容です。僕はドラマとかドキュメンタリーの制作志望でしたから、なぜこんな番組に配属されたんだろうと思いました。ところが半年くらいやっていくうちにいろいろ気づいたのです。
料理人の仕事はクリエイティブ。メニューを考える、店を出す、試行錯誤して料理ができあがる過程なんて作品づくりと同じで、とてもテレビ的だなと思いました。どうやって美味しく撮るかは結構スーパーテクニックが必要で。今はインスタがあり、みなさん研究されていますが、30年前、どのように照明をあてるか、どういうアングルで撮るか、どういう動作を選ぶかなどと考えるのは、やり甲斐があると気づいたんです。食という文化の背景もあり、料理人の個性もある、なかなか面白いなと、そうして食にハマっていました。門上さんとも知り合えた30年弱の料理番組の制作を通して、いろんな知識と人と街とのネットワークができたように思っています。
門上 時代の影響も受けながら、反対に食が社会に影響を与えていくともいえると思うんですが、佐藤さん、街というか、大きくいうと社会に対しても、食が何か変えていく可能性は非常に高いですよね。
佐藤 その前に、食は大事なものなのに、よくこれだけ大事さをどこかで切り離してきたなと思っています。京都府立植物園の話ですが、あの園内に実は飲食店があるんですけど、食べられるのはレトルトのカレーとうどんなんですよ。せっかく子どもたちをつれて行っても食べる楽しみがありませんよね。大阪城にもあるんです。1億円くらいかけてつくったカフェがある。でも、内容は京都植物園と同じ。これでは誰も行きませんよ。生きているということは絶対に「食べる」ということです。それが当たり前。生活、お出かけ、全部に大事なことをどこかへ忘れてきていると思うのです。ドライブインには必ずお客さんが来る。だから何でもいいという考えになっていたのが、今頃それではダメと気づきだしたのだと思う。街歩きするにしても、おいしい食べ物屋さんやオリジナルなものを供するお店があると、そこに行けば励みになりますよね。そんな感じだと思います。
それもね、国や行政も変わってきたので、今はその過渡期にあるんだと思います。税金が投入された公的な施設の場合、飲食に興味もなければ、お客さんをどう喜ばすかなんて全く考えをもたない人たちが利権でやっている。そら、冷凍のうどんになりますよ。大阪では元知事、元市長が改革されたじゃないですか。こんなんではいかんと。そういうように、いろんなところで気づき始めてはいるんだと思いますけれどね。
門上 行政も含めて変わってきているというお話です。食べる側も含めて。山口さんはどう思われていますか。
山口 日本では去年、「食は文化である」と文科省の答申が出て、今年6月、国会を通った。やっと文化になったわけです。フランスでは食は当たり前のように文化ですが、フランス人の友だちが来日して何にびっくりするかというと、テレビをつけるとどの局でも食にかかわる番組をやっている。一般的には食に対して興味があったりするんですけど、まだ行政とのギャップは間違いなくある。イギリスでは産業革命の時、食を捨てた。共働きして自分たちの生活を向上させるために食がないがしろにされた。イギリスの三つ星レストラン「ファット・ダック」のヘストン・ブルメンタールが「昔のイギリスの郷土料理、ものすごく時間がかかるものを今は食卓にケチャップとかウスターソースとかあって、みな味付けが違う文化になってしまった」といっています。食を忘れたわけです。そういう選択をしたわけですね。経済成長の中からそうなりつつあったんだけど、それではだめだという気持ちがあって、今の時代にきているのかなと思います。今の日本、食がフューチャーされ、食にみなさんが興味をもたれていることは文化だし、求めてられているのは確かだとは感じられます。
門上 文科省の答申について補足しておきます。芸術文化保護法では、文学、芸能、コンピュータグラフィックから映像など日本の文化であると指し示しています。そこから「現代の名工」とか「人間国宝」が生まれる。生活文化には華道、茶道しかなくて、食は文化の範疇に入れられていなかった。「その他」の中に入れられていたんですね。ということは日本ではまだ食が文化として位置づけられていなかった。ユネスコで和食が無形文化遺産に認められた時でさえ、「日本の食は文化ですか」と質問が投げかけられたような存在でした。
全日本・食学会、日本料理アカデミー、和食文化国民会議の諸団体を通じてようやく今回、国会で「文化」として認められたという経緯があります。今まで日本では「食文化」といいつつ、文化としてきちんと法制度の中には含められていなかったのが、初めて認められたということなんですね。そこで何が変わるか。これから、料理人や食に関与する人たちがどういう動きをしていくかにかかってくるんですけど。本郷さん、これだけテレビで食の番組が多いのは、海外の番組と比較しても、そうなんですか。
本郷 海外では料理の専門チャンネルがあったり「フードチャンネル」のケーブルテレビもあります。日本では相対的に地上波でグルメ番組が多いといえると思いますが、人間の根源的な欲求の一つである食欲についてはセクシュアルな部分とか、マネーとか、セレブの話題と同じで、どこであってもとても取り上げやすいテーマではありますよね。
門上 「魔法のレストランR」は17年続いています。関西の食の番組を代表するものですけど、制作チームのみんなは食べもの好き、出演されているタレントさんも他のスタッフも食に対する興味のもち方が違うのですね。引っ張っていく本郷さんは快楽主義というところもあると思うんですけど。
本郷 古い話をしますと、日本には儒教の精神がある。「武士は食わねど、高楊枝」。食にお金をかけたり、時間をかけるのは儒教に反するというのが刷り込まれている。これって現代の若者にはわからないかもしれませんが、僕らは親の世代から「ご飯なんか、我慢しろ」というニュアンスで影響を受けてきた。そのリミッターをまず個人が外す。ライフスタイルの提案として食をからめたライフスタイルは楽しいと気づき始めているのだと思います。みなさん旅行にいかれる時、グルメとかレストランを先にコンセプトを立てていくと楽しい旅になると気づいていらっしゃる。日常生活の場合、朝食であれ、ランチであれ、たまに山口さんのところで世界一の朝御飯を食べることを含めてもいいわけですが、食を通したライフスタイルの提案がテレビの使命でもあり、「魔法のレストランR」の一つの役割でもあったかなと思いますけど。
門上 僕も航空会社の機内誌とかJR西日本のトワイライト・エクスプレス「瑞風」の食のプロデュースをさせてもらったりしていますが、そのなかで「旅の目的を選ぶなら」という調査結果を知る機会がありました。一位が65ポイントで「温泉」。2ポイント差で「食」なんですね。三位の「名所旧跡」になると30ポイントを下回る。やっぱり食だなあとつくづく感じたんですけど。山口さんのホテルはオーベルジュですが、立地は都会ですよね。佐藤さんのビルによって変わった蔵前のように、北野の異人館通りも昔の勢いが失われつつあったところに山口さんのレストランができて街は変わりましたか。
山口 神戸は東西に10キロ、南北に3キロ、北区、西区とか大きいんですが、みなさんが神戸というのはそういうエリアです。地元の人たちは東西方向にしか動かない。南北に動かないのはなぜかというと、坂がきついんです。山手幹線がありまして、あるところからまた急に坂がきつくなる。みな、そこから上がらない。あれは大きな川やという。神戸北野ホテルを再開した時「そんな上で、なんで仕事するねん」といわれました。最初にきた取材も「なぜ今ここで」。それくらいのところだったのが、少しずつ変わってきています。神戸は北野だけではなくウェストも活性化され、そうすると家賃が高くなるので若いやる気があってクリエイティブな人たちはまた少し外れたところへいく。日本の場合、繁盛店が核になって新たに街がつくられていくのかなとは感じています。
佐藤 僕が22年前、南船場に今の店の建物を見つけた時は家賃相場が1階で坪15000円くらい。2階は坪1万円でした。2000年頃になると1階が坪35000円とか4万円になっていた。これでは近くで店を出そうと思っても個人店は出せません。そうなると大手の物販とかが来る。面白くないじゃないですか。街が面白くなくなる。南船場を見てきましたが1995年~98年、2000年がピーク。個人事業者が出てこられなくなり、面白くなくなるので他の事業者が去っていきます。また静かになる。大手も魅力を感じなくなって出ていく。僕たちは22年間やっていますけど、今ね、南船場は若干戻りつつありますね。個人店は実は一見でなかなか入れない。でも、僕らのような間口の広いカフェがあると、そこがインフォメーションセンターになって観光案内所のような感じで機能する。「あそこ何ですか」「あそこはこんな変わった店。仲がいいから紹介してあげるよ」と、観光案内所の役割を果たす。街ってそんなふうにして熟成していくことから踏まえて、繰り返しだと思うのです。人気が出る、家賃が上がる、大手が来る、面白くなくなる、この繰り返しですね。それが、「ビジネスが継続していくのをどのようにケアしていけばいいか」という課題になっている。
門上 アメリカ村が何もないところから隆盛を極めて大手が入ってきて、また歯抜けになっていき街が違う形になっていく。堀江もそうです。個人店主の面白い店が消えていって企業が出て来ると、どうしようもなくなる。それが抜けるとまたアメーバのように面白い人が入ってきて。人が集まることによって違うものが出てくるんやなと。神戸の街は1995年の震災後、阪神間の西まで注目を集めるのですが、今の街の様子はどうですか。
山口 僕は兵庫県で生まれたんですけど、若い時は大阪なんです。フランスから帰ってからは『ベイシェラトン神戸』だったんで、三宮はほとんど知らなくて。震災後はある意味がむしゃらでやってきましたので、前の神戸の街と今の違いがよくわかっていないんです。震災の時に潰れたところが今はコインパーキングになったり空き地のままになっているところもありますが、その前の様子を知らないんですよ。大阪はある程度カテゴリーがあるじゃないですか。飲食店街とか、いかがわしいところとか、ある程度のカテゴリー分けがあるんですけど、神戸にはそれががない。ちゃんとしたレストランの横にいかがわしい店があるような。それが面白いともいえますが。徒歩圏内にすべてあるのが神戸かなという印象はあります。




