Program 1:基調講演:「熟成のサイエンス」
講師紹介
「熟成」とは、美味しくなり、香り良く、柔らかくなること。

旨味と香りが出るのが熟成
「熟成」という言葉の意味は、国や言葉、料理人の立場などによって全部違う。中国料理で「熟成」は、「煮る」「時間がたつ」という意味で使われるが、日本料理では、「時間をおいて、美味しくなる」という意味。フランス料理で「熟成」は、ワイン、チーズ、フルーツで、それぞれ使う言葉が全部違う。固いものが柔らかくなって、風味が増すことも「熟成」と言っている。
「熟成」によって「美味しくなる」というのは最低条件で、熟成してまずくなったらダメ。では、「美味しくなる」とはどういうことか。固さ、味、香り。我々の口に入るものは、その3つで考えられるが、熟成の前後で比べると、固いものが柔らかくなったり、旨味や香りが出たりする。そういう変化が起こっている。
肉のタンパク質はアミノ酸からできているが、タンパク質自体に味はない。しかし、酵素によってアミノ酸に分解されると、旨味が出る。また、デンプンは同じように酵素で分解されると、甘味である糖になる。もう一つ重要なのは加熱で、アミノ酸と糖を一緒に加熱すると「メイラード反応」が起こり、香ばしい香りがする。
牛肉の熟成とはどういう現象かと言うと、牛が死ぬと、体を動かすエネルギーである「ATP」アデノシン三リン酸がなくなるので、死後硬直と言って肉が固くなる。ATPがなくなる現象は、酵素によって旨味の一種であるイノシン酸に分解されるために起こる。また、筋肉を覆っているコラーゲンも、酵素によって分解され、柔らかくなる。筋繊維のタンパク質も、旨味の一種であるアミノ酸に分解される。さらに、脂肪は酵素によって分解されて脂肪酸になり、香りが出る。酸化した脂質も、独特の香りがある。
つまり、牛肉の熟成は、味がなかったものを味があるものに、香りのなかったものを香りのあるものにすることで、腐敗を防ぐために1~3℃程度の低温で行う。時間は、鶏肉なら1~2日、豚肉は1週間程度、牛肉は2週間以上というのが一般的。
さらに、アメリカで以前から行われていた「熟成促進」という方法もある。殺菌のために肉の表面を焼いた後、さらに24時間程度、50℃のオーブンに入れて加熱し、室温に戻す。そして乾燥した表面をカットし、焼いて食べるというやり方。実際に試してみたが、熟成が促進されてさまざまな成分が分解されるので、複雑で深みのある濃い味になる。香りも、少し発酵したような、燻製のような香りになる。
このように肉の熟成にかかわる要素は、「温度」「酸素の有無」「期間」の3つ。それにより、通常の「ドライエイジング(乾燥熟成)」の他に、真空パックした状態で熟成する「ウエットエイジング」、「熟成促進」と、違いができる。
魚も熟成できるが、時間は半日から1日程度。牛や豚と同じように、ATPが分解してイノシン酸ができ、タンパク質が分解されアミノ酸になり、旨味が出る。味は牛や豚、鶏に比べてさまざま。マグロはイノシン酸が長時間保たれる一方、カツオはすぐ減ってしまう。だから、鰹節は釣り上げたらすぐ煮て酵素活性を止め、イノシン酸をしっかり保持して活性していくという方法で作られている。魚の熟成促進で気をつけないといけないのは、ニシンやサバ、マグロ、エビなどはタンパク質分解酵素の活性が高いので、50~60℃で長時間保たれると煮崩れがしやすいことだ。
「発酵」「加熱」と「熟成」の違い
もともと味のないタンパク質を酵素で分解して味、香りのあるものにするのが熟成と発酵だが、一番の違いは微生物が介在するかどうか。熟成は自分の持っている酵素で分解を行う一方、発酵は外からの微生物の酵素で分解する。
例えば、チーズは、乳タンパク質を微生物の酵素がアミノ酸に分解したもので、味噌や醤油、納豆も、大豆タンパク質を微生物の酵素が分解したもの。チーズも納豆も、微生物がタンパク質を分解してアミノ酸を作っている同じ発酵食品ということでは変わりない。
次に「加熱」について。熟成も加熱も、アミノ酸と糖のメイラード反応によって香ばしい香りが出る。違いは時間と温度。熟成は低温・長時間、加熱は高温・短時間で、反応が起こる。熟成と加熱は、反応によってできる香ばしい香りや美味しいと感じる風味が似ているので、混同されることがある。なぜ発酵食品に好き嫌いがあるのか。熟成は加熱によってアミノ酸の旨味や香ばしい香りを作ってきた。一方、発酵は、微生物によって香りができる。微生物は土地に属し、国によって違い、それぞれが作る物質も違ってくるため、独特の香りが出る。日本料理や中国料理に独特の風味があるのは、その国独自の発酵食品を使うからではないか。




