Program 1:基調講演:「西洋料理における油脂の歴史と変遷」
講師紹介

効率よく精製できるオリーブオイル
最初に、油の種類の話をします。調べてみると、オリーブはどんな土地にもでき、つぶして袋に入れ積み重ねておけば油が出てくるのですから、オリーブオイルが一番古いだろうと考えられます。旧約聖書のノアの方舟の話に出てきますから、オリーブオイルは2,000年以上前からあると考えてよいでしょう。同じ時期、バターはまだ少ない。インドで3,000年~4,000年前に、動物の乳脂を精製したギーというのが作られていましたけれど、用途としては儀式とか祭事の灯火、ランプの灯に使うのが多かったとのことです。バターは古代ギリシャ時代、身体に塗ったり、頭に塗ったり、お洒落に使われていました。あるいは、薬用にも使っていました。それが、時代が経つにつれて料理用に使われてくるわけです。
オリーブオイルは絞って精製するわけです。オリーブの実100キロを引き割って、網の籠に入れて上に積み重ねておくとじわじわと油が出てくる。これがバージンオイルで、20キロほどできます。さらに残留物から2番絞りをすると5キロのオイルができて、トータルで25キロになる。4分の1はとれるわけで、効率がいい。それに対してバターは、牛乳100リットルからわずか2キロしかできません。効率が悪いのですね。ということはオリーブオイルの方が油として使われやすかった。
豚の脂がポピュラーだった中世のフランス
動物の脂には、体脂、皮脂、乳脂があります。また魚、鯨、鵞鳥や鶏からとれる油もあります。植物油は、大豆、菜種、落花生、ゴマなどからとれる。植物脂では、ヤシ、カカオなど。それに人工の加工油脂。以上が油脂の種類です。もともとバターは、そんなにとれませんでしたが、今でもフランス料理ではバターをたくさん使います。では、それまではどうしていたのか。文献で一番古いのは、フランスでは『ヴィアンディエ』といわれています。発行が1360年ですから、14世紀。その文献には、バターはわずか2%くらいしか出てきません。ほとんどが豚の脂(ラード)で、それも2種類あります。豚の脂を塩漬けし煮出して油を取りますが、この塩漬けにした豚の脂をサン・ド・ラールといいます。それに対して塩辛くないのをサン・ドゥーといいます。フランス語でラードのことです。『ヴィアンディエ』では、サン・ド・ラールとサン・ドゥーという2種類のラードを使い分けていました。
中世は、つり下げた鍋で煮込んだ料理が多いわけですが、暖炉で鳥をローストする時、豚の背脂を薄切りにしたものを巻いてローストする。ポタポタ落ちた油を、上からかける。この時代はバターより、豚の背脂が多かったということです。また、油をたくさん使った。リソールといって、油を練りこんだ生地がありまして、その生地で包み込んで油の中にドボンと入れて揚げる、揚げパイのような料理があります。この油はオリーブオイルであったり、牛脂のヘッドであったりします。カスレという有名な豆の煮込みがありますが、これにはソーセージが入っていたり、鴨のコンフィが入っていたりします。コンフィは鵞鳥、鴨のモモ肉が多いです。これは太った鵞鳥の脂を煮出して、それでモモ肉の固いのもゆっくりと油の中で煮出して、柔らかくした保存食です。
豚の脂に代わってバターが料理の主流に
ずっと時代が進んできますと、16世紀に従来の油がどんどんバターと入れ代わっていきます。17世紀には、ほとんど豚の脂や牛脂は使わず、バターになっていきますが、それはなぜなのか。私見ですが、1492年にコロンブスがアメリカ新大陸を発見する航海が契機なのではないか。
そこから持ちかえったものでジャガイモは世界を救ったというくらい、ヨーロッパを危機から救ったと。同時に、トウモロコシ、唐芥子、トマト、こういうものも原産地からやって来たわけです。ジャガイモが来た当初は、おいしくないトリュフのように思われていました。地中にあって、湯を沸かし煮て食べたら、トリュフみたいな感じはするけど、トリュフじゃない。悪魔の食べ物だということで、ジャガイモが普及するまでは時間がかかります。
これは私見ですが、トウモロコシはどこにでもできて、肥料としても使える。家畜の餌になる。これがドンと増えてくると、牛がワッと増えたわけです。牛がどんどん育つようになってくれば、牛乳を絞ってバターがどんどん生産されたということが、歴史的にも明白です。ジャガイモやトウモロコシがヨーロッパに入ってきた時期と、バターか増えだす時期は合致しています。バターが増える17、18世紀になると、料理書にも、サン・ドゥーやサン・ド・ラールの言葉はなくなり、ただのラール、油となっていきます。
概要としては、このように西洋料理は進んできて、バターの歴史があったということをご理解いただき、バターと、バターでない油から出発したフランス料理の歴史もわかっていただければと思います。




