Program 3:基調講演:「油脂のサイエンス」
講師紹介

油脂の常習性と3つの特性について
まず、油脂のおいしさについて話をしたいと思います。油の怖いところは、おいしすぎることなんですね。おいしさいというのは脳が快感を感じること。快感はすべての食行動を支配します。その油について面白い発見がありました。京都大学のグループが、動物実験で油には常習性があるのを証明しました。おそらく誰にも実感はあると思います。油っこいものをたまに食べたくなるという感覚ですね。
同時に、口で油の味さえすれば、胃に澱粉を入れても常習性が出ることも実証されました。カロリーをいかに抑えるかを考えた時、「口でおいしく、摂取量を少なく」というのが、これからうまく油を使っていく際のキーワードになるのではないでしょうか。油をいかに効果的に使うか。効果的にというのは、おいしくということで、そこに注目して本日は3つのキーワードで話したいと思います。一つ目は「極性」について。水溶性とか脂溶性の原理原則になります。二つ目は「乳化」。料理の中でソースやお菓子とか、ほとんどの料理が乳化された状態です。最後が「融点」についてです。
極性・乳化・融点が広げる料理の可能性
「極性」とは、一つの分子の中の電気的な偏りです。物質には極性がある分子と、ない分子があります。水は液体ですが、分子レベルでは水の分子が集まったものです。温度を下げると固まって氷になるし、熱を加えると気体になり水蒸気になります。分子ひとつひとつを見ると、分子の中に電気的な偏りがあり、プラスとマイナスになっています。プラスにはマイナスがくっつき、マイナスにはプラスがくっつきます。
極性がある分子は、水が代表的なもの。もう一つは味成分です。極性がない分子は油。香気成分も、油に溶けて極性がない成分です。味成分と水は、極性があるもの同士で馴染みやすい。つまり、だしを水でとるのは、そういうことです。味成分を水の中に溶かしこんでいるからこそ、だしに味がでるのです。香り成分が油に溶けるのは、よくご存じだと思います。味成分は水に溶けやすい、香り成分は油に溶けやすいということは、極性がカギを握っているのです。実際調べてみると、香気成分のほとんどが脂溶性でした。
油に味や香りを移す実験をして成功したことがあります。アルコールは水にも油にも溶けるので、先に醤油をアルコールに混ぜます。アルコールに醤油の香り成分が溶けた、醤油アルコールができます。次に油を混ぜると、乳化して分離しない状態になります。それを加熱すると、醤油と油はどんどん分離していき、アルコールは揮発しますから、水分と油に戻って分離していきます。そうなると、油に醤油の香りが移った状態になりました。これを応用すると、油に、日本酒や赤ワインの香りをつけることができました。これも、油に香りを移すという極性を利用した原理です。
次に「乳化」に関して。極性の原理原則に従うと、水と油とは混ざらない。この混じりあわない液体を、混じり合わせようとするのが乳化です。卵黄になぜレシチンが入っているか。卵黄はもともと鶏が育つためのエネルギー源ですが、20%くらいは油です。その油と卵黄の水分をくっつけるために何かがいる。それがレシチンです。生物は必要なところに必要なものが必ず備わっています。
乳化はエマルションといいます。エマルションは2つに分けられます。O/W型エマルション、これは水(W)の中にオイル(O)がある、分母が水、分子がオイルです。例えばマヨネーズの場合は分散層がO、連続層がWのワインビネガー、乳化剤に卵黄のレシチンを使っています。一方、W/O型はオイルの中に水がある状態。バターなどがそれにあたり、油がメインで、そこに水分が分散している状態になっています。乳化剤はレシチンが重要です。すべてのタンパク質には、実はこの性質があることもわかっています。フォンを煮詰めたものでも乳化剤として使えます。澱粉とか植物のピュレ状のものなどを安定剤として使えますが、これが乳化の原理です。
その原理がわかりますと、オリーブオイルのような液体のものでも乳化させることができます。エクストラバージンオリーブオイルと水と、純粋なレシチンと、安定剤としてのゼラチンを使って、オリーブオイルでバターのようなものを作れます。オリーブオイル・スプレッドとして市販されていますが、自作できるのです。乳化の原理に従うと、どんなオイルでもマヨネーズ的なもの、バター的なもの、アイスクリーム的なものができます。
最後に「融点」の話です。油脂は、常温で液体のものを油(oil)、常温で固体のものを脂(fat)と言います。常温で液体か、固体かという違いは、それぞれの融点によります。なぜ融点に違いができるのか。脂肪酸の形が違うからです。真っ直ぐな脂肪酸の場合は温度を下げていくと、きれいに分子が並んでいきます。そうすると分子同士の動きが鈍くなるので、融点が高い状態になります。対して、分子が折れ曲がっている状態のものは整然と並べません。温度をどんどん下げていっても動きやすいので、融点が低い状態になります。
厨房で25度という状態で温度を上げ下げすれば、液体でも固体でも区別なく作ることができるはずです。それを利用したのが、ショコラ・シャンティです。これをオリーブオイルでやってみました。オリーブオイルは常温では液体、もっと温度を下げたら固体になります。ドライアイスを使って空気を入れながら冷やしてみると、どんどん固まっていき、最終的には角が立つくらいまでになり、アイスクリームのようになりました。融点の違いを利用すれば、このようなこともできます。
このように油脂は、極性を利用して、さまざまな脂溶性の香りや辛味を溶かすことができます。また、水分と乳化することで多様な組み合わせができ、さらに融点を利用することで、多彩な表現ができます。油脂の使用量を減らしながら、いかにおいしくするかを考えた時、油のなめらかな食感をとろみがつくような澱粉的なものなどで代替できる可能性があります。油のおいしさ自体を代替するのは難しいですが、今後は、舌とか鼻を刺激する分量だけ表面にオイルをつけるという方法も考えてみようと思っています。




