Program 3:ディスカッション(1)テーマ「漬ける」
講師紹介

門上 まずは木下先生、今日はどのようにお感じになられましたか?
木下 「漬ける」というのは、フランス料理ではマリネですが、もともとはなにかを考えると、西洋料理では、食材を長期保存するために塩蔵、つまりマリネするのです。水分を抜いて、なるべく腐りにくくするんですね。もう一つはワインや香草の味・香りをつけて肉を焼く。川崎先生が解説されたように酸味で肉を解く、ほぐす。昔は柔らかい肉は食べていなかったわけです。畑仕事のパートナーだった家畜はその仕事を終えた後、食しました。硬かった肉をどうしてほぐすかを考えた時に、その当時のワインだったんですね。酸敗が進んで、ほとんど酸味が強いワインだったと思います。ヨーロッパで、お年寄りがカフェでワインを飲む時に水を少し入れて飲むのを目にすることがあるんですけど、それはちょっと酸っぱいので水で割っているんです。砂糖を入れたり、蜂蜜を入れたりというはもっと前のことなんですけど。その意味では、ぶどうの酸味がきつかったので肉を柔らげてくれるというのが、もともとの目的ですね。
その次に出てきたのが、香りをつける目的のマリネです。漬けるというのは長期保存するためか、肉を柔らかくするということが最初の目的だったと思いますね。近年、材料がよくなって、そういう必要がなくなって、香りをつけるという目的が多くなってきています。
門上 香りということについて川崎先生はどんなふうに?
川崎 香り成分には水溶性と脂溶性のものがあって、ともにアルコールに溶けるということで、ヨーロッパの場合はアルコールを使っています。今日も齋藤さんが紹興酒を使われていますが、香り成分を入れていくのは味を複雑にするという意味でも大事です。食行動の面からみても、香りは食文化に限定されるものが多いので、安心感ですね、その国の料理を食べているんだということが食欲を増すのにつながっているのだと思います。香りは大事だと思います。
門上 初登場の齋藤さんは乾燥肉を使われました。漬けこむことも乾燥することによって,いろんな要素の出入りがある。一見、むだに見えると言うか、水分を入れてみたり、出してみたり、どっちやねんという。乾燥して蒸して戻して、ほんと面白いですけど。上海などで、脂質酸化が進んでいるのかなと思って匂いを嗅いだんですが、全く脂質酸化が進んでないんです。それはおそらく入れているスパイスの交錯によって脂質酸化が抑えられて、何らかの作用が起こっているのではないか。複雑すぎてわからないんですが、何かが起こって、あれだけ柔らかいのかなと。今回は、それらのことを意識されてということですか。
齋藤 完全に漬けるだけの保存よりも、漬けて乾燥させて、また肉に入っていたものを出して、と。古い料理ですけど、今日はつくらせていただきました。
門上 時間もかかっていますし、その意味ではメイラード反応の塊みたいな料理でしたね。最近は、いろんな料理人と話をしてもメイラード反応が頻繁に出てきます。山口さんがデモでいわれた「メイラード反応を使うことなく」というのは難しいと思いますが、そういうところでまた新しいものという提案があったなという気がします。世界的にはどうなんでしょうね。
村田 みりん干しと何かを炊いてみたら、おいしいんやろなと思いましたね。みりん干しは焼くしかないわけです。焼いて食べます。焼いたら脱水しているからバシバシになる。けれど、みりん干しを切って、何かと炊けば、干し豚と同じような効果が得られるかもしれない。料理屋では無理かもしれんけど、一回漬けてから干したものと一緒に野菜を炊くのは、ありそうな気がするなと思いました。みりん干しみたいなものには、なおかつメイラード反応の香りがありますから。魚の煮つけを魚だけではなく、魚のだしで野菜を食べるという料理はその方がおいしくなるのかなと思いますね。今までにない手法の日本料理、おばんざい的なものではいけるのではないか。京のおばんざいの中に、なんでないのかなという気がしましたね。
山口 日本料理が世界的に注目を集めていますけど。醤油に漬けたり、そういうことが評価されているのに、第一線を走っている村田さんが、王道から外れるのはいかんのと違いますか。料理の活性にはならないのと違いますか。
村田 素材もテクニックも何もかも、よりおいしい方がいいという、同じおいしいことを考えていっても、僕がもっているフィルターと違うわけやから、表現になって出てくるものはおのずと違う。それが料理の個性やと思うんです。個人の料理に見えるけど、後ろにあるオーセンティックな料理がバックボーンにはある。それが進化のメカニズム。おいしいかどうか考えるだけで、食べる人が喜んでくれるかどうかを考えるだけでもいい。あまり複雑に、日本料理やフランス料理にならないやないかとか、中華料理がおかしくなるのではないかと思うと、余計おかしくなるのではないかなと思います、今は。
門上 「漬ける」から新しい料理論ということで、個性が違うところでいろんな考えがあると。この会としてもそれが面白いところで、それでコラボをやろうかということにもなるんですが。木下先生、今の村田さんと山口さんの考えをどういうふうに受け止められますか?



木下 ガルム(別名リクアメン)という発酵調味料があります。古代ローマ時代にポルトガルであがったイワシ、アジ、サバなどを塩で漬けておいて、天日にほったらかしにしておく。それが発酵してぐちゃぐちゃになったもの(アレック)を調味料として食べていた。汁(ガルム)で食べるようになるのはもっと後なんです。ガルムは今のイタリア全土で使われていましたが、ローマ帝国が廃れてくるとともになくなって、今はナポリの上の方にコラトゥーラとして残っているだけなんですね。ベトナムにヌックマム(ニョクマム)、タイにナンプラー、日本にしょっつる(いしる)。こうした魚醤を時代的に見てみると、大体同じ時期にできている。一人の人間がつくったわけではなく、何となく人間が欲する、アミノ酸がほしい時に魚を塩漬けにして発酵させた。わりと自然発生的に世界のそこらここらで、できたという話を人類学者の石毛直道先生からお聞ききしたことがありまして。「ガルムのもとはシルクロードを通ってきたんでしょうか?」「いえいえ、世界中で自然発生的に作られたんでしょう」という話でした。長い歴史を考えてみると、一人の人間が考えることもあるのですけど、地球全体の大きな流れというか、雰囲気とか、そういう空気感があって、自然発生的に同じものがポツポツとできる可能性があるわけですね。鰹節だって日本だけのものように思われがちですが、モルディブでもつくっています。ひょっとしたら誰かが教えたかもしれないが、今になってはわからない。自然発生的に出来上がったかもしれない。そこは料理の面白いところで、たくさんの人が同じことを違うフィルターを通すんですけど、落ち着くのは同じものであるということがあると思うんですね。
門上 最終的に結果としては同じものが生まれてくることもある。香りも民族、文化によって感じ方が違うように、保存から始まったものが最後の時点ではいろんな変化を見せている。両方あるということですよね。この会をどういう意識でやって、料理の世界が変わるか。その意味ではメイラード反応は山口さんにとって一つのエポックだったんですか?
山口 そうです。料理でしてきたことを科学的に解明してもらいました。経営を考えても早く伝えることが大切なので、基準としてはサイエンス化されることはものすごく有意義ですし、誤魔化せないんですね。料理人がもともと自分しかできへん、おいしいものが自分にしかできないことに価値があった時代ではなく、ある日ネットを見たら全部知られていたというそんな時代なのに、隠しながらやるのはナンセンス。フランス料理では、料理人が本を出し自分のもっているテクニックを公にして、そこからまた新しいもの、コラボレーションが始まる。今はスピードですから、このような会でたくさんの人がかかわって、世の中に発信することができるから、それに取り残された人は辛いと思いますけど。乗っている人たちは楽しい。この会は、そういう楽しい乗り物みたいなものではないですかね。
門上 「漬ける」ということをテーマに、今回、これは自分の中でもういっぺん使ってみたいな、生かせるなというのはありましたか?
村田 毎回すごいヒントがあるんです。それを自分の引き出しの中にどんどん貯めていく。いろんな発想が出てきて、献立をつくっていく中で自分なりに消化した形となって出ていくわけですから。これね、ほんまに、僕より上の年代の料理人はついてこれへん。門上さんと僕が、年代が高いくらいで、この船に乗ってへんかったら、若いメンバーでもこういう考え方をもってない人間は、だんだん話があわんようになってくる。だんだん話があわへんから、いずれ料理についてコミュニケーションができなくなっていくでしょう。医者と科学者と料理人はレシピを発表する。次から来る人はその上にいいものを積んでいけばいいわけですから。自分らの積んできたものの上に積めるようなものであるかどうかは、何年か後にわかるでしょう。その船に乗っていることが最も必要なことで、それを続けていく。乗り続けていくことが必要なことやろうなと、つくづく思いますね。
門上 川崎先生、3人の料理をみられて、そこから新しい可能性は感じられましたか?
川崎 皆さん、体験されておわかりやと思いますが、おいしいというのが、単純なおいしさから、どんどん複雑なものになってきています。レストラン料理だからでもあると思いますが、複雑にしたいというのがあると思います。その中で、漬けて加熱するというのは、ある種、味とか香りを2段階で入れられることにもなるので、手間としては深いものになる。山口シェフが「メイラード反応から離れたい」とおっしゃるのは、よくわかるんです。というのは、日本料理の場合は調味料の中にメイラード反応が入っているのですが、ヨーロッパの料理の場合、ほとんど何もないところからつくっていかないといけない。ただその方向にすべての技術があるので、煮詰めた、焼いたり、そこに行っちゃうところがあって、メイラード反応は香りが出てくるのは出てくるんですが、同じような香ばしいという言葉でしか表現できない。メイラード反応の香りは、あくまでおいしさを担保する保険であって、それを前面に出してしまうと完全に保険を生かした料理になる。それはB級グルメなんですね。ガストロノミーに発展させていくには、できるだけB級グルメに近づくのを抑えつつも、でもそれを担保にしていろんな野菜、ハーブ、スパイスで肉の香りを生かす、素材を生かすということだと思うんです。そういう方向にしたいということは、すごくわかりました。
門上 B級グルメには、メイラード反応が一番わかりやすい。それと違って、山口さんがいわれたのは、これからの新しいスタイルだなと思いました。



