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「蒸す」Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」

「蒸す」Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」

Program 1:基調講演:「料理のサイエンス」

講師紹介

川崎 寛也(かわさき ひろや)氏
農学博士

■蒸す、とは

まずは、次のことを念頭に置いてください。「水蒸気」は気体ですから、目に見えません。水が沸騰して外気に触れると、霧のような白い「湯気」になりますが、それは水蒸気が冷えて水滴になったものです。水蒸気、湯気、それぞれちがう、ということを頭に入れておいてください。

次に、「蒸す」の定義。水蒸気は、100℃なんですが、低温調理とか60℃くらいで加熱することが多いですから、「蒸す」というのを次のように定義します。『100℃の水蒸気、または、100℃以下の霧が、食材を包みながら加熱すること』、それが「蒸す」ですね。

表:1[加熱媒体と温度、状態変化]

表:1は、加熱媒体と加熱温度、状態変化の観点でまとめたものです。
油をみると、低温の部分はコンフィ。その特徴は、水に溶ける成分は出にくく、油に溶ける成分は出やすいことです。100℃を超えると乾燥が起こります。揚げる状態になる。乾燥とは濃縮のことで、味が濃縮される。120℃、180℃、200℃などで揚げますね。その時は、メイラード反応が起こりやすいので、ドンドン色が変わっていきます。

水は100℃以下です。まずは、茹でる。茹でる特徴は、水溶成分が流出することです。60℃以下の場合は低温加熱で、成分の流出はしにくい。例えば、肉の場合60℃くらいを超えると肉汁が表面に出てきます。100℃を超えると加熱水蒸気になって、焼くのと同じようになります。

蒸しの、調理液の分類をやってみました。素材に対して蒸気をあてると、素材から流出した部分が肉汁として出てきます。調味液が半分くらい、素材と半分くらいあるような状態で、これは面白いですね。フランス料理のプレゼも面白いと思っていて、特に100℃以上の場合は、表面の液面から出ている部分はオーブンに入れると表面が乾燥して濃縮されたものがドンドン下へ落ちていく。下の調味液も濃縮される。それをアロゼするとドンドン味が濃くなる。これがプレゼの面白いところです。伝統的にはブレゼは濃縮するんですが、あえて100℃より下げると濃縮が起こりませんから、メイラード反応は起こりにくいですが、蒸し煮の状態になります。

日本料理などでよく使う蒸し煮、真空パックでごく少量の調味液が素材の周りに入っているというのも蒸し煮ですから、それを全体として何℃にして加熱するのか。こういう分類もできるということです。こういう分類を頭の中に入れておくと調理がしやすいですね。

■蒸すのメカニズム

水蒸気が物体にあたると、水蒸気が水に変わります。水蒸気が水に変わった時に熱が食品の表面に与えられます。それを、潜熱といいます。水蒸気が水に変わることが大事です。その時に1g当たり539calのエネルギーが与えられる。実は、蒸すというのは温度上昇が速い。加熱速度が速い。表面温度が100℃に近づくと、当然、まわりも100℃になっていますから速度は落ちます。蒸すというのは、メカニズム的にいうと「水蒸気が水に変わった時にエネルギーを食材に与えることである」ということになるわけです。

料理人にとっては当たり前のことですが、下準備で大切なことは、(1)水分をとる。材料に余分な水分が残っていると水っぽくなるとか、蒸気によって水分が加わるので(2)下味はしっかりつけておく。アクをとることはできませんから、アクが出るもの、匂いの強いもの、火が通りにくいものは(3)下茹でをしておくことも大事になります。

■蒸すの特徴

蒸すと、一般的には濃縮が起こらないのでメイラード反応が起こりにくいことが挙げられます。茶色い肉が焼けた時の香ばしい色とか香りとかを活用してきたメイラード反応が、蒸す場合はできないということで、フランス料理は蒸す方法をあまり使ってきませんでした。しかし、香りがなくても、香味野菜や香辛料を使えば違う香りをつけることができるし、メイラード反応に頼らなくても香りをつけることで食欲を増すことはできます。

もう一つは、長時間の加熱が可能です。濃縮が進みにくいという「蒸す」の特徴を使うことができます。中国料理は面白いですね。「蒸す」にメイラード反応が起こらないのであれば、あとでお醤油をかけたらいい、香味野菜を乗せて焼いたらいいという考えなのです。「清蒸」という料理など、香ばしさの足りない部分は他の香りで補うということで効果を出しています。

さらに、食品表面の水分が蒸発せずに増加することも特徴ですが、表面がエネルギーをもつので外に出すと乾燥がしやすい。蒸した料理を外に出すと表面が乾燥しやすい。表面の温度が高いからです。また、水溶性成分の流出が少ない。茹でと蒸しで加熱の速度、加熱時間はそんなに変わらないというデータもあります。

蒸すことには、素材ごとにいろんな火力を使い分けるのが伝統的にされています。魚は強火で、スープとか脂肪を含んだものは強火で長時間蒸す。肉の塊は70~80℃。茶碗蒸しは強火でやって弱火にする。点心は強火で蒸します。

日本料理の蕪蒸しが面白いのは、一般的な作り方としては蕪をすりおろします。蕪のすりおろしと卵白をつなぎにして、それを主素材の上におきますが、その時に白身魚などやわらかい素材において蒸す。火の入りやすい白身魚は、蕪で蒸気の熱から守るんですね。早く火を入れつつ、しかも乾燥を防ぐ。理にかなっています、蕪蒸しは。

表:2[中国料理の「蒸す」]

■中国料理の蒸す

中国料理の「蒸す」には、一般的に7種類ありました(表:2参照)。なかでも、蒸して加工する場合をみてみます。器に素材とだしを入れて蒸すと、下から加熱するのと違って対流がないから、脂質による乳化が起こりにくい。スープをとって濁るのは、乳化が起こっているということです。乳化は油がタンパク質と結合し乳化したものが上に浮きつつ、対流の中でかき混ぜられるのでドンドン白くなる。それが、だしの濁りです。上の場合、対流が起こりませんから、そのまま、じわっと出てきて濁らない。こういう方法でフォンやだしをとったりすると、上に油が浮いている。それは乳化していないということです。肉を水とか使わずに長時間加熱すると、煮詰まらない。調味料をまぶして、ずっと加熱することはあまりやらないと思いますが、やったらどうなるか。

また、素材に何か粉的なものをまぶせば、肉汁をトラップするので肉汁ごと食べられる。何かで包む、蓮の葉だったら香りがつく。昆布とか味がつくものをまとわして味をつけて蒸す。卵とか味が移らないものだったら、素材にゆっくり火を入れるために蒸すという場合にも使えます。

■提起

蕪蒸しの価値というのは、火が入りやすい主素材にクッションの役割である蕪のようなものを包む餡の組み合わせだと思うので、それを極端にやわらかい食材をフランス料理や中国料理で考えられたらどうか、と。フランス料理における蕪蒸し、中国料理における蕪蒸しだと、どんなことができるかというのを、ぜひやってみてほしいと思います。

香りの出る素材を加熱して、その香りのついた水蒸気を冷やします。そうすると、透明な香り水ができます。味のない香りだけの水です。試しにやったのは鍋で柚子とか生姜を水で湯がく。その蒸気を上でトラップして、冷やすと透明な柚子水や生姜水ができます。味はないが、香りがする。お茶でもできます。そんなこともやってみると面白いかなと思います。

エスプレッソマシーンに昆布だしを入れたことがあります。昆布を乾燥しパウダーにしたものを詰めて抽出すると、ドロッとした濃いだしができます。おいしいです。何に使うか。昆布だけではなく、昆布を煎ってメイラード反応を起こさせると、香ばしい昆布だしができます。鰹だしも同じようにやると、めちゃめちゃ酸っぱい鰹だしができます。鰹だしは昆布だしより酸っぱい成分があるので。味を濃厚にしたいけど、それが難しいものでも、水蒸気を使えばできるということです。

表:3[「蒸す」のまとめ]

■まとめ

「蒸す」をまとめると、こんな感じです(表:3参照)。温度帯で分けます。100℃以上、100~60℃、60℃以下。100℃以上の利点は、食材の温度を早く上昇させられること。ただ、注意点として乾燥しやすいから蒸したらすぐに調理すること。100~60℃の場合、下処理が大事になります。香りを足すことも活用できる。60℃以下の場合は、形は保たれる。煮崩れしません。

再構築の重要性の話に戻します。素材を分解する、調理を分解する、そしてフレーバーをデザインして再構築する。その時に重要なのは、センスです。分解は誰でもできます。科学を使って、成分とか調理技術とかの分解はできます。それを再構築するのは、サイエンスとセンス。料理人のセンスで再構築して、お客さんにどういう体験をさせるかが大事になります。デザインがあって初めてどんな技術を使うかが決まると思うので、調理技術だけではなく、フレーバーをデザインしていくんだという考え方をもたれるといいのかなと思います。

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