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「酸味」Program 1:基調講演:料理人のための「酸味」のサイエンス

「酸味」Program 1:基調講演:料理人のための「酸味」のサイエンス

Program 1:基調講演:料理人のための「酸味」のサイエンス

講師紹介

川崎 寛也(かわさき ひろや)氏
農学博士

■酸味はどのように知覚されるか

我々がもつ味覚は、シグナル、つまり何かの情報なんですね。例えば、甘味はエネルギーの情報、塩味はミネラルの情報です。塩味のあるものを食べるということは、ミネラルをとることなんです。うま味もそうです。タンパク質のシグナルで、うま味のあるものをとればタンパク質がとれたことになる。日本料理が面白いのは、グルタミン酸を含む昆布とイノシン酸を含む鰹節を組み合わせてダシを作る。例えば、うどん。うま味はタンパク質がとれるシグナルなのに、身体に入ってくるエネルギーは炭水化物によるものです。それで問題はないんです。そういうのがシグナルです。酸味は、本来は腐敗とかのシグナル。苦味は毒物のシグナルです。

味覚は舌の上に味物質が結合すると脳に情報がいくことで知覚されます。脳に情報を伝えるのが味覚神経。それによって脳に情報が伝わります。味細胞が伝えるのは、強さや濃度だけではないですね。甘味や香ばしいなどの質、そして持続時間。持続時間のことが話題になるのは少ないのですが、口の中にある時にどれくらい長く続くか。味覚情報、味細胞の情報が伝える、「濃度(強さ)」、「質」、「持続時間」、この3つを頭において味わっていただきたい。

味質の性質は、以下のように整理できます。

  • 舌の場所によって感じられる最小値(閾値)が異なることが挙げられます。酸味は舌の横や後ろの方で、よく感じます。
  • 同じ味を持続すると感覚が弱くなります。
  • 砂糖と塩を同時に味わうと増強する。それに、時間差ですね、甘味の後、酸味を味わうと、よりすっぱく感じるという錯覚も料理に応用すると効果がある。
  • 酸に塩を入れるとすっぱさが弱まる。強い酸を押さえるということです。
  • 口に入れてすぐ感じるか、少し後から感じるか。高濃度の塩味と酸味は0.4秒で感じますが、甘味と苦味を感じるのは遅くて、0.7秒。
  • 酸味は後味が短い。スパッと感じてすぐなくなります。

というような、こういうことも料理にどんどん活用していく。例えば、酸味を長く感じさせるにはどうしたらいいか。酸味を固体の中に入れればいい。少しずつリリースさせれば酸味を長く感じさせられます。

ストレスを感じると酸味の感じ方が変わるという実験データがあります。精神的ストレス、肉体的ストレスでも感じ方が違う。精神的ストレスを受けると、口に入れた時に酸味や甘味をどれくらい長く感じるか。ストレス前に比べてストレス後の方が早く減じています。肉体的ストレスの場合は、酸味と甘味で違う。酸味は弱く感じて早く減じるが、甘味は変わらない。精神的、肉体的、ストレスの度合いやその日の状態などで味の感じ方が違ってくる。面白いですね。

■酸味とは何か

酸味物質の本体は、水素イオン(H+)です。酢酸の分子構造は、CH3COOHです。Hは水素です。水素を水に入れると酢酸イオンCH3COO-と水素イオンH+にわかれます。出てきた水素イオンを感じるのが酸味です。ところが、酸味の強さは水素イオン濃度だけでは決まりません。ちなみに、pHは、水素イオン濃度のことです。水素イオンは小さい値なので、対数の考え方を使って1~14の値で表します。7を中性にして、1が強酸性、14が強アルカリ性です。例えば、pH6.5なら弱酸性という具合です。

また、「酸」と「酸化」は違います。酸は、水素イオン濃度が高い物質で、逆はアルカリ性です。中和とは、酸にだけ使う言葉で、酸とアルカリで中性になって初めて中和と使います。甘味に塩を入れたのは、味をまろやかにさせたわけで、中和とはいいません。酸化は、酸素が化合する反応のことで、酸化の逆は還元です。アスコルビン酸(ビタミンC)は、酸化されやすい。例えば、アスコルビン酸を茶葉に入れておいたら、アスコルビン酸は酸化するけれど茶葉は酸化されないので、酸化防止剤として使われています。酸はアシッド(acid)、酸化はオキシデーション(oxidation)。オキシは酸素です。勘違いしやすいですが、「酸」と「酸化」は違うモノなのです。

■酸味の種類

酸味の強さは、酸味物質の種類によって異なります。梅とか柑橘類に含まれるクエン酸を1とします。食酢に含まれる酢酸は1.15で、ちょっとすっぱい。ヨーグルトに含まれる乳酸は0.91で、ちょっと酸味が弱い。清酒は1よりちょっと多い。アスコルビン酸は0.46で弱い。一番強いのがワインに含まれる酒石酸で1.41~1.47。酸味は強い。

表1:[酢の代わりに、違う香りの酸を使うこともできる]

では、酢の替わりに違う香りの酸を使ってもいいのではないか。酢酸は酢酸の香りと酢酸の酸味、ワインヴィネガーだったらその香りと酸味の組み合わせがあるんですが、それを外してみる、何かに変えてみる。同じ酸ですから。例えば、寿司の酢に米酢を使うのではなく、柑橘類の酢を使うこともありえる。表1は、酢の種類、香り、酸味物質の関係をまとめたものです。米酢の香りは酢酸の香りで、味は酢酸です。ワインヴィネガーは酢酸の香りもあるが、ワインの香りもあって、味は酢酸と酒石酸の酸味も合わさっている。リンゴ酢は酢酸の香りとフェノールの香り、酸味物質も酢酸とリンゴ酸にわかれる。梅酢はラクトン酸の梅の香りとクエン酸の香り。この表をみながら考えると、この料理に酢を使っていたが、柑橘に変えると酸味はするが香りが違うものができる、というようなことも考えられると思います。

酢酸は揮発性です。酢酸がメインの酢は、加熱すると酸味物質を揮発させることができますが、それ以外の酢は揮発性ではないので、煮詰めても酸は飛びません。例えば、レモン汁を煮詰めても、酸味が弱くなった気がするだけです。ワインを煮詰めてもワインの酸味は飛びません。でも、弱くなった気がする。ワインを煮詰めると糖とか他の成分が煮詰まります。その影響関係によって酸味を弱く感じるだけで、実際は揮発していないのです。

人間の感覚の面白いところで、レモンの香りは、甘味とか酸味と一緒になると、舌で感じたように錯覚します。ですから、レモンの香りを鼻から匂い、舌に酸味があれば、舌の上でレモンの味を感じたように錯覚するのです。この錯覚は応用させられます。雰囲気にレモンの香りを漂わせておいて、舌で香りのない味を感じさせる。すると、舌の上でレモンの味を感じるみたいに錯覚する。風味は作ればよいのではなく、それをどう感じさせるかも、料理には大事になるんですね。

酸味は長続きしません。その理由は以下のように考えられます。唾液には重炭酸イオンがあって、それが酸味を中性に戻すからです。重炭酸イオンは重曹の成分と同じです。これは提案ですが、未熟の果実とか酸味のあるハーブを固形の酸味として使うのはどうでしょうか。酸味はすぐ消えてしまうので、じわじわ感じさせたい時に、例えばイチゴとかトマトを使えば酸味は後で感じることができます。香りをいつ感じさせるか、という調整も可能です。香り成分を入れるとき、生クリーム、牛乳、水で比べると、生クリームに入れた方が長く感じます。生クリームに香り成分を溶かした方が長続きするのです。水に溶かした場合は、そうではない。ハーブティは口に入れた瞬間に香る。それはお湯の中に入れているからです。油があると、じわっと感じられます。

■酸の効果

酸の効果は以下のようなことが挙げられます。

  • タンパク質の保水性を高める。豆腐はにがりで固めますが、酸だとにがりよりもゆっくりと固まる。なめらかな舌触りになる可能性があります。
  • pH4.5以下の酸は、筋線維を膨らませる。分解する酵素の活性が高まって筋線維が分解しやすくなる。
  • 加熱した時の結合組織のコラーゲン、ゼラチン化を促進させる。酸でマリネしておくとシチューとかを加熱した時に柔らかくなりやすい。
  • 脂質酸化を促進させることもできる。

肉のマリネでは、吸水するのを確認すると肉を水に入れると、ぶよぶよして吸水するんですが、アルコールでマリネすると脱水します。酢酸でマリネすると給水します。赤ワインはアルコールによる脱水と酸による吸水が同時に起こっているのでトントンなんです。実際、水の色をみるとアルコールに漬けたものは脱水しているので肉の色がアルコールに出ています。酢酸の方は色が変わっていない。重量も酢酸は吸水して増えて、ワインは重量は変わりませんでした。

魚のマリネの場合。塩をしてから酢で〆ますが、その理由は酢だけだと吸水が起こってしまって変性するのでぶよぶよしたものになる。塩でタンパク質を先に溶解させておいて、その後、タンパク質を変性させると、ちゃんとした酢〆ができる。酢だけでやってみてください。ぶよぶよして気持ち悪い。

グレープフルーツは、クエン酸よりも高い実験結果がありました。そのメカニズムはわかっていません。いろんな成分が含まれているからだと思いますが、クエン酸よりグレープフルーツの方がマリネ効果はあるということです。

ヨーグルトウォーター、ヨーグルトを紙で漉して下にたまってくる液体です。それを活用しようということでヨーグルトウォーターを使えば柔らかくなるのではないかと実験してみました。乳酸はクエン酸より柔らかくなる率が高いので、より短時間で柔らかくなるのではないかとやってみたら、ちゃんと柔らかくなったということです。ヨーグルトでマリネすると固形分があるので焦げつかない。鶏肉とか肉をヨーグルトマリネして低温調理すると焦げないで調理できます。

■料理人の仕事とは何か

なぜこういうことを考えないといけないか。僕はこういう考えをもっています。表現する仕事は、みんなそうだと思いますが、「感動を届ける」ことなんですね。プロにしかわからない感動はそのまま伝えてもお客さんはわかりません。知識がないから。それをわかる形に翻訳することが重要なのです。何に感動するか。3つの感動が今、料理界では重要だ思います。「食文化への感動」「食材への感動」「自然への感動」です。

では、どういう表現、どういう方法で感動を落としこむか。どんな風味と食感がその食品の中にあるか?それらをどうやって作り出すか?そして、どう感じさせるか?そうした3つの手法を使って料理人はデザインする。デザインという考えがあって料理の技術は向上していくと思うのです。いかに食材や調理工程を分解して再構築するかという中で、技術が発揮されていくだろうと思っています。

分解と再構築は、組み合わせを多様にすることができます。例えば、なれずしと鮨の関係。なれずしは、もともと魚を米の中に漬けているだけのことです。塩をして腐敗を防ぐ。その中で米が乳酸発酵を起こす。乳酸の酸味があって魚がある。それを一回、米、酸、魚に分解して、米は米で別に炊いてみる、乳酸はすっぱいから酢酸でやってみる、魚をいろんなものに変えてみるとかすれば、米、酸、魚の組み合わせが一気に多様になる。掛け算の因数が増えるんですね、これが分解と再構築のよさだと思います。

それで、提案ですが、皿によってデザインのコンセプトを変えることもできます。例えば、前菜では食材への感動を表現する。でも魚では食文化への感動を表現して、できるだけクラシックな表現を使う。肉料理では自然への感動を表現して森の中にいるような仕掛けをする、どこかへ旅したような錯覚になる料理を供するなど。ということを提案して、講演を終わりたいと思います。

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