Program 4:ディスカッション 2/2
講師紹介

門上 皆さんに。「経験や知識や技術に科学的なアプローチを採り入れることが料理にどういうふうに役立っていますか?」。毎回、他のジャンルで得られた技術、発想があって面白かった。「あれを生かしてみようか」ということがあります。今日、4人の方で、他の方がやられたこととか、川崎先生の話で「これはやれば面白いかな」ということがあれば、最後にお聞きしたいと思います。皆さん、どんな感じを受けられましたか?
南 参加させていただいて学ぶことは多いんですが、実際に自分の仕事にまだ活用はできてないところが多いんです。今までやってきた自分の仕事を、より深い理解するというか、違うところからまた考えられるようになったのは、この会に参加して、ということだと思います。
門上 変化まではいかないが、自分の仕事に視点が増えたとか、より理解が深まったという、そこに変化が生まれる可能性は大きいということですね。
門上 山根さんはメイラード反応とか、今日のことに皆さんの他の料理を拝見されて、いかがでしたか?
山根 やっていたことを科学的に解説してくださると、知らなかったことも多いし、間違ってなかったなという確認にもなるんですね。困るのは、いつも料理を考える時に最初に川崎先生から詳しくレクチャーを受けたりするのではないので、見切りでメニューを決めるんです。他の方が何をされるかわからない。自分だけ違う方向にいっていたらどうしようかなと。結構、似るんですね。今日も牡蠣とか茸とかを使って。時々偶然に起こるんです。よく考えると、その理由は、理論的に説明しているけど、旨いということと、甘いということと、似たところが出てくる。それはデザインを最初にどんなことをやりたいかという目標があって、そこに向けてプロセスを踏んでいくと、結果として似てくるというのは、すごく面白いですね。
山口 おいしさの方程式を紐解いていただいたので。逆に全く違う方向の店をつくってしまいました。びっくりするとか、「これ食べて大丈夫か?」とか、3大栄養素がなかったり、メイラード反応がなかったり、甘味がなかったり、人が素直においしいと思うものではなく、アミューズメント、命懸けで乗るジェットコースターのような料理はないかなと。「これ食べたらヤバイで」みたいな。そこに面白みがないかなというところに発想して。とんでもないことをしてしまったなと。そっちにも興味が出てきたというか。
門上 山口さんにとっては、関西食文化研究会があってこそ、あべのハルカスの店「エ・オ」が誕生したということになりますね。
山口 だからね。メイラード反応を調味料みたいにおく、でないとお客さんは納得してくれませんね。
門上 村田さん、日本料理アカデミーで、京大でもラボをやったりされていますけど、いかがですか。
村田 そうですね。ものの本質、調味料の本質がどこにあるのか。醤油の本質はどこにあるのか、味噌の本質は何か、ダシの本質は何か、味の構成要素の本質はどこやということを和食の人間は、あまり考えてこなかった。「これはこういうもんや」と。それで料理していたのが、本質を考えることによって、世界どこにいっても、火さえあれば日本料理は作られるということになりましたから、世界中にその考え方が広まることによって世界に日本料理を広めることができる。日本料理が世界の料理になりえるという確信はもちましたね。それがない限り、そこのエリアの微生物がつくる調味料を使い、そこのエリアでしか出てこない水を使い、それがないと料理ができないといいだすと、世界の料理になりえませんから。それがなくても考え方さえ根本のところで理解できれば日本料理はできるという確信を、いろんなものをパクらせていただきながら自分なりに考えると、いろんなものができてくる。今はパクられる方が多いですけど。山口にガストリックを教えてもらって、あれをやりだすと温度によって違う香りが出てくるので、ガストリックの温度帯を変えることによって、いろんなものが出てくるのが面白いなと思いますよね。



門上 村田さんをして、そういう発言が出ました。木下先生は皆さんの料理を食べてお話を聞かれて、今後、どういう楽しみ、発展がありそうに思われますか?
木下 その前にガストリックというのが誤解されると困るので話しておきます。フランス料理でのガストリックは、あくまで調味料なので、いくら焦がすとかいう問題ではない。280℃まで上げると、それはガストリックではなくなるんです。あくまでも、酸味と苦味と甘味のコクのあるものをガストリックという調味料なんです。もともとの語源は、ガストロ、胃液のことなんです。胃液が上がってくると酸っぱいような、甘いような。フランス人独特な言い回しですが胃液のような味のするもの。ガストリックは調味料としてダシの中に入れて料理を仕上げるためのものです。ガストリックは苦味があり、酸味があり、甘味があり、コクがあるものにガストリックという呼び名を使っています。その範囲を超えるとガストリックではなく、違う名前をつけないといけない。料理がどんどん変わってくる。また、ガストリックも酢と砂糖を入れて、本来はそういうものだったわけですが、ここ40年くらいは皆、キャラメリゼをガストリックという。砂糖を水で煮詰めてカラメル化されたものに酢を入れる。そうすると材料的には酢味と甘味と苦味が入るので同じなんですが、しかしカラメル化には山口さんがいわれたバニラとかチョコレートとかの香りがないんですね。34,5年前は、そういうふうに思っていた。僕らが習った時は酢を入れショ糖にしてやっていたのにいつの間にか、変わってしまった。ということで、フランス料理では調味料であって「甘酸っぱくて苦くて香りがあるもの」。これがガストリックの条件です。それ以上焦がしたものはガストリックといわない方が、正しく伝わっていくと思います。何か別の言い方に変えた方がいいのではないかと思いますが。
料理は科学的なことがわかったといえども、人それぞれ顔が違うように好みも違いますし、同じものを食べても、同じように感じない。ここには感性というものが必要で、今日は感性については話題に出てきていませんでしたが、料理人は必ず感性が必要なので、お客さんがどう感じられるかということは自分を基準にしてしかつくれませんが、自分を基準にして、これはどういうふうに感じられるかという感覚のところ、そこは残しておかないといけない。危惧するところは、あまり料理を科学的に分析していくと、大企業での大量調理のような、どんどん画一化された同じものになる。だから、できるだけ手作り感を残しながら、感覚で料理を見つめていくことも大事。感性と科学を常にあわせて考えないといけないのではないかなと思います。
山口 僕は、これから料理人が生きていくためには感性とは違うものの教育が必要だと思います。見て覚える、フランス料理の発展の仕方はそういう学び方をしているのではないか。彼らはいろんな店を渡り歩く。安い給料の時にいろんな店を回って、自分が給料をとれるようになった時に、自分が料理できるようにテクニックを学ぶ。日本の料理の学び方は流派的な学び方があって、そこには精神的なこととか師匠からいわれたこととかがあって、それは否定するものではないけれども、科学的に自分でやっているものを学ぶことを積み重ねていって、そこから芽生えてくることは、別にできるのやったら、別にした方がいいと思う。調理場に入って「10年早い」とか「まず洗い物から」という時代もあったけど、それだけで料理のことを学べていたかどうかは受け手の学び方だと思うし、機械で洗えるなら機械で洗ったらいいのではないかな。調理場で丁稚奉公するする必要はないのではないかな。それを分けて考える方がいいのではないかと僕は思うんですけど。
木下 科学がいけないということではなく、それを知った上でやるのは、より近道ではありますよね。科学を使うと理解するのに1年かかったのが3日でわかる。調理場で仕込むことよりもずっと早く。
村田 調理科学で徹底的にやってもらっておいたら現場で使える若い衆が出てくるという。
木下 僕のいう感性とは、あまり科学的なことをいうと画一的になるので、感性というのは人から習うということの問題ではなく、人に与える感動は紙で書いたものではできないわけで、そういうところの必要性があるなと。ひょっとすると山口さんと同じ意見だと思いますけど、これまでも回り道していたことがいっぱいあったと思います。それは科学力で短くすることはできる、短くした方がいいとは思います。
門上 「甘くて、旨い」から料理人の技術論まで。研究会ではいろんな幅を皆さんに投げているんですね。一つのテーマで話をしていても、実はそこにはデザインの話があったり、感性の話があったり、教育の話があったり。このメンバーが揃っているといろんな受け取り方がある。それをどうしたらいいか、どう考えるかということが大事で、木下先生がいわれるように、皆、顔が違うように、一人ひとり違うわけです。それをどう受け取って自分なりに消化してキャッチボールができるか、そのためにこの会はあって、いろんな考え方をいろんな角度から投げていく。だからこそ、この会が草野球からプロ野球、大リーグまで広がっていく。川崎先生もいろんな学会に出られて、この会のことはヒケをとらないところまでいく可能性があるとおっしゃいます。そういう会だということを皆さんにご理解いただいて、これから変化球を投げたりするかもしれませんが、それを受け止めていただいて、また打ち返していただきたいなと思います。それでは皆さん、今日はどうもありがとうございました。




