Program 1:講義:料理人のための「香り」のサイエンスとデザイン 2/2
講師紹介

*画面2:[香りを移す]
料理において香りを移すこともよく行われています。だしは水溶性の香りであるメイラード反応の生成物を水という媒体に溶かしたものです。それをワインで煮溶かしてソースにすることもある。脂溶性の香りの場合はハーブとか柑橘類の香り、硫黄化合物、ネギとかニンニクの香り成分を植物のオイルに溶かすとハーブオイルができますね。常温で固体の油脂、ラードに溶かすこともできる。一回、ラードを溶かして、そこへ柚子を入れれば、柚子の香りが移ったラードができる。同じようにカカオバターでもできます。脂溶性の香り成分を水に溶かす。脂溶性の香りを水に分散させるとどうなるか。クールブイヨンだったり、ハーブティだったり。ハーブティは入れたてにブワッと香りが立ちます。匂いを油に溶かすのはどういうことか。油に保持させる。油に溶けると揮発しにくい。その揮発しにくいハーブオイルを水に落とすと、界面、水と油の境目で揮発が起こりやすくなる。油に溶かすことは、あくまで保持のためということです。揮発させたいのなら、水と接触させる。ハーブティも生の植物のハーブの細胞に脂溶性の香りが入っていて、それが熱湯によってつぶされて揮発する。
香りを移すのは、こんなこともできます。マグロの脂の多いトロに紫蘇の刻んだものを接触させると香りも移ります。固体の脂にハーブの香りを移すことができます。これを食べると最初はトロの甘い感じがして、最後の風味が紫蘇で軽い、爽やかなマグロのトロになります。油脂が多いエマルションほど香りが長く保たれます。ハーブを水にアンフュゼするか、牛乳にするか、生クリームにするかによって香りを感ずる時間が違う。ハーブを水にアンフュゼするのはハーブティです。ハーブティはパッと香りが強いが、香りがもつ時間は短い。生クリームにアンフュゼすると口の中に入れて160秒以上、香りが続いている状態になりました。
温度と香りの揮発性の関係について。香り成分には揮発温度があって温めると揮発しやすい。温度が下がると揮発しにくくなる。日本料理は蓋を使って温度と香りを保ちます。碗の蓋をあけて香りが立つようにする。揮発性に着目した技術です。現代の西欧料理、北欧も含めてどんどん油脂が減っています。油脂が減っているということは油に香りが溶けるので、香りをどうするか。油を使わないならどこで香りを使えばいいのかという問題が出てきている気がします。だから最近の北欧のガストロノミーはハーブをいっぱい使うのではないか。さらに、油脂はおいしい。おいしい油脂の代わりにうま味のあるだしを使う。だから、北欧のガストロノミーは、こんな料理になってきているのではないかと想像しました。

*画面3:[香りの相性とは?]
香りの相性について。「月刊専門料理」で「ワインと料理のマリアージュ」を考えた時の応用です。香りの相性を4つに分けてみました。「相性が良い」「相性が悪くない」「相性が良くない」「相性が悪い」。「相性が悪い」とは、脂質酸化物とか悪い匂いが口の中で発生してしまうような組み合わせです。少なくともそういう物質が発生しないが、2種類の香りのどちらかの強度が強すぎたり、感じる時間が長すぎる場合は「相性が良くない」。「相性が悪くない」のは同じ香り成分をもつ。これがワインのマリアージュでよくいわれます。このワインはベリーの香りがするからベリーを料理に使う。その考え方を「フードペアリング」といいます。僕が提案する「相性が最もいい」と思うのは、2種類の香りが合わさることで単独では得られない風味を感じて感動的なほどすばらしいものが本当のマリアージュではないか、と。

*画面4:[調味料の原則仮説]
調味料は味や香りを食材につけていくことが大きな役割です。まず、素材がもともと持つアミノ酸とか糖、油脂を考えます。それに対して塩味とかうま味とか油脂という普遍的に好まれる要素を足します。さらに、文化に依存する要素として、日本やアジアは醸造とか発酵によるメイラード反応を使います。西洋は加熱によるメイラード反応を使う。さらに、それぞれの食文化のハーブとかスパイスを使う。中国料理が面白いのは醸造のメイラード反応も使い、加熱のメイラード反応も使う。これが調味料における香りの位置付けかなと思われます。フランス料理人が発酵を使った時に困ったことが起こる。発酵の風味は日本料理を想起させるのです。それで調味料の原則を考えると、加熱によるメイラード反応の香りをつけることで、西洋料理の香りに無理やりもっていける。
東京に「フロリレージュ」というレストランがあって、そこの川手シェフは盛り付けの本を出しています。その本にある彼の料理の盛り付けをパターン分析してみました。主素材、付け合わせ、ソースとざっくりわけて、分析すると、盛り付け方には様々なパターンがあった。これで彼は何を表現したいのか。もしかすると意図があるのではないかと考えて彼と話をすると、まずこれを味わせたいからこれをもってくる、みたいな話をするのですね。盛り付けが先ではなく、「どう感じさせたいか」が先で、それから盛り付けを考えることがわかったので、「これをやってみませんか?」と提案してみました。


*画面5:[「フレーバーデッサン」の提案]
*画面6:[フレーバーデッサンをやってみる]
新しい提案として、「フレーバーデッサン」です。例えば、ロゼに焼いた肉があります。表面はメイラード反応が起こって香ばしい香りがします。矢印は時間。口内にロゼに焼いた肉を入れます。最初、メイラード反応の香りがします。その後、だんだん赤い肉の味がして、飲み込むとなくなる。それで、そもそもソースと肉の位置のデッサンが考えられるのではないかと考えた訳です。周りが焦げたロゼの肉の感じ方と、上だけが焦げた時の感じ方と、下だけが焦げた時の感じ方は違いますよね。ロゼの部分が最初に触れて噛んでいくとだんだん香ばしくなる。または、まず焦げた部分が舌について、うま味がして、だんだんロゼの部分を味わう。肉の焼いている場所だけでも、これだけ違う。ソースがそれぞれついたらどうか。全面にメイラード反応が起こって、下にソースがある場合、最初にソースが舌に触れて、ソースの味を感じ、その後メイラード反応の香ばしさを感じ、噛んでいくと、ロゼの肉の肉汁のうま味を感じる。ソースが上だと先に肉、咀嚼とともにソースの味わいを感じる。つまり、ソースと肉の位置の違いで、感じ方が変わるはずです。これを理解すれば、逆に、矢印で味や風味を感じる順序を線で描いてから、盛り付けを考えることができるのではないかと。実際にやってもらいました。風味の変化を手で描く。そういうイメージで盛り付けを考える。川手シェフはそれをすっと理解して今も使っていて、作曲家が譜面を書きながら演奏をしつつ作曲するように、フレーバーデッサンと、盛り付けの図を描いて、料理を作るという、三角関係でやる。このいいところは、フレーバーは目に見えないが、見えるようにしたこと。スタッフに見せるとフレーバーの変化も理解できてルセットが深く理解できる。そんなこともやって、新しいことを提案したという話です。フレーバーは複雑で大変ですが、今わかっている話は以上のようなことです。


