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料理の味を引き立てる「香り」Program 2:料理デモンストレーション+試食 [日本料理]

料理の味を引き立てる「香り」Program 2:料理デモンストレーション+試食 [日本料理]

Program 2:料理デモンストレーション+試食 [日本料理]

講師紹介

髙橋 拓児(たかはし たくじ)氏
「木乃婦」3代目主人
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「編笠柚蛤蒸し」

デモに先立ち、京都大学修士課程での日本料理研究の貴重な成果を披露。日本料理の構造上、香りは単純化された象徴のような存在(春は、やはり木の芽の香りに勝るものはない)ことを、編笠柚という定番の料理で実証されました。

私自身、大学院に入ったのは、デザイン力だけではなく、サイエンス力を身につけようと思ったからです。デザインは本質を見い出し意図的にコントロールする、調理してお客さまにどのようなところを楽しんでいただくかを制御する、相手の気持ちになっておいしく感じてもらおうとデザインするわけです。サイエンスは、本質を「見える化」するための手法で、新しい料理をつくる時に本質、たとえば何か今まである料理について、日本料理は型がたくさんありますが、それはどういう理由でこういうデザインなのか料理人自身、あまりわかっていない。そういうことをサイエンスによって明らかにし、こういう組み立てであればどうなるかを考えるのが、料理人に求められるサイエンス力ではないかと思います。今日は香りというテーマからサイエンス力を話した上で、料理デモをしたいと思います。

料亭では料理がどんどん流れていくわけです。突き出し、お碗が出て、お造りを食べるなどと料理の流れができあがっていく。その時に、料理に対するお客さんの気分状態は変わっていくだろうと。そうした一つひとつの料理についての気分状態を測ってみようという実験をしてみました。

私の論文にはいくつかの検討項目があります。例えば、料理屋にいきますと必ず食前酒または煎茶が出てきます。なぜこのようなものが最初に出てくるのか、測定したわけです。日本料理屋では煎茶はグレードの高いもの、おいしい成分の強い煎茶を出します。食前酒も香りの高い酒を出す。どうしてなのか、実験してみました。気分状態が安定しているのが女性なので、21~31歳の健康な女性12名。煎茶を50ミリリットル、食前酒を20ミリリットル飲んでいただきました。食前と食後に、交感神経と副交感神経の測定をします。交感神経が上がれば興奮状態、副交感神経が上がれば鎮静状態の活動になります。それが気分評価で、飲んで気持ちがいいか、いやな気分になったかをみました。煎茶、食前酒の摂取によって気分状態はかなり上がりました。高揚した状態、興奮状態で食事をすることになります。煎茶の方が興奮状態は継続して、食前酒は後で下がる。お茶に含まれるテアニンが興奮状態をさらに継続させることがわかりました。それぞれ料理を食べていくにあたり、すべての料理に対して気分状態がどうコントロールされているかは、うま味成分や香りによって引き起こされることがわかってきます。

料理についても中華料理、フランス料理、日本料理の比較をすると、交感神経が上がるのは中華です。中華は麻婆豆腐、フランチはステーキ、日本料理はお造りにしましたが、一番興奮状態になったのは意外や、お造りでした。それぞれ理由があって、上記の年齢層の女性にとって麻婆豆腐は日常的に近しい存在です。ステーキもお造りよりは日常に近い。料理を出す時に新規性、新しいものを食べるという期待値が上がると交感神経が上がり、体の血液の流れもよくなり、食べようという動機づけも高まる。興奮させる一つの切り口です。お造りとお碗と八寸を比べると、お碗が上がります。それは、だしの効果と、だし、具材、それぞれわかりやすい味の仕立てになっている。そのことから、わかりやすい料理は誰にもうける、わかりにくい料理は高度な食文化の理解と習熟度がないと理解できない。味についても香りについても、難しくつくる場合と簡単につくる場合では受け手側の習熟度と理解力によることになると思います。

日本料理にはこういうふうにしなさいという型が存在しています。懐石料理は芸能の範疇に入りまして、能とか、花を活けるとか習い事のカリキュラムがありまして、それから別習い、大習い、中習い、その上に奥伝が出てきます。奥伝は、プロフェッショナルの文化力、情報力がある人しかわからない、理解できないといわれています。一般の方々にもわかる構図と使い分けながら、奥伝、大習い、中習いを散りばめながら、わざと一つの料理を構成していく。水平ではなく、時代と技のランクによるバーティカルな料理であるのです。香りは複雑化すると料理がはちゃめちゃになります。日本料理の構造の中で香りはできる限り複雑にしない。バーティカルなところに軽く香りをつけていくシステムになっているのが日本料理の構造だと思うわけです。

では、日本料理を特定づける味と香りとは何か。日本料理は昆布だし、一番だしで蕪を炊きますが、蕪の味が埋没しない。チキンブイヨンや上湯(シャンタン)で蕪を炊きますと、もともとの蕪の組成が壊れて蕪の味よりもチキンブイヨンや上湯(シャンタン)の味が出てくる。風味もそちらに寄ってしまう。総合的な香り自体がA+Bになる。日本料理はできるだけAとBはそのままにしておくのが一つの考え方です。利尻、羅臼、真昆布などで時間と温度を変えて比べてみると、昆布の香りの特徴の違いがよくわかります。昆布だしのおいしさは、香り成分だということがよくわかります。

ソムリエの田崎真也さんとワインとあわせる中で、日本料理の構図が見えてきました。お酒もワインも、どういうところで合わせていくか。味を優先させるのではなく、香りで合わせていきます。なぜワインを合わせているか。日本料理の特性を解明する時に違うもので合わせると、本来、フランス料理で合っている飲み物と日本料理で合っている飲み物との違いがわかることによって、日本料理の特性が見えてくる。合わないことは何かが欠けている、味と香りのバランスが全然違うから合わない。そういうことがいえます。日本料理の上に乗せる香り成分が強い場合は、確実にワインは香り成分に合わせて選ぶことになります。例えば、木の芽に合うワイン、柚子と生姜に合うワインと、カテゴリーがかなり狭められてきます。シノンとか青い感じの香りのものしか合わない。そうなるとこの料理に合わせるワインはかなり絞られてくる。日本料理の型というのは、はまりすぎていて柔軟性がなくなっている。日本料理はバーティカルな良さももっていますが、香り成分が広がっていないがゆえにクローズドしたものになっているのが欠点でもあるということです。

お碗仕立て、だし仕立てのものには乳酸発酵というキーワードが出てきます。鮒鮨のお碗、鯛蕪も乳酸発酵、こもった香りがしないと日本料理にならないので、総合的にほとんどの料理が乳酸発酵系の料理だと思います。その素地に立っている日本料理に香りづけをする時、木の芽だけとか柚子だけとか、香りも絞られてくるわけです。鯛蕪は柚子がたくさん乗っていますから、柚子の香りに引っ張られます。柚子に合うものとなれば、おそらくイタリアワインが合うだろうと察しがつきます。

香りに対する嗜好性が料理の国籍を決める大きな要素になっているといえます。日本料理は還元的なフレーバー、こもるタイプの香りが多いので、そういうものを中心に組み合わせていくことが日本料理の一つの型にはまる構造です。香りが広がるものを上に乗せる、還元しておいて広がるもので香り自体がワンポイントで決まるように仕立てるのが日本料理のパターンです。

今日の料理は、編笠柚子に蛤ご飯を射込んだものです。日本料理の定番で、柚子を擂った後に残ったものを使います。柚子の皮を擂って香り成分を失っているものをどのように料理に仕立てていくか。香り成分が弱くなった分だけ大量に使う。擂った後、刻んで使いましょうという考え方にそもそもならない。それが日本料理の一つのパターンです。擂った後の姿形を残しながらそれ自体の自然感を出すのがテーマです。できる限り型を崩さないで、擂った皮を湯がいて、水でさらしておきます。苦味が抜けたらシロップで炊く。下味をつけて、蛤いり蒸しをつくっていく。白蒸しのつくり方です。もち米を30~40分蒸し上げます。白蒸しの基本構造は一旦蒸して、それに酒と塩を吸わせて米自体がもっている成分をさらに強化する。本来は酒と塩を入れるのですが、今回は蛤地を一緒に吸わせます。結構多い目の水分で中まで吸わせてしまいます。もう一度さらに蒸し上げます。吸わせることによって下支えの味を先につくります。これに鰹だしは合わないので昆布だし、利尻昆布で塩味を落として、ヨード香を磯臭くなく仕上げるように香り成分をもたせます。

これに木の芽オイルをかけます。木の芽と太白胡麻油を70℃・1時間加熱してあわせます。射込んだ蛤ご飯の右の端だけに香りがいくように工夫をします。柚子の香りと木の芽の香りは季節が違いますから同居させるのは困難です。今の時期、これから暖かくなりますよという季節の変化を表すために、この手法を用いています。香り成分が柚子から木の芽へ。オイルの中に入っているので口に入って粘膜に張りついた時に木の芽オイルの香りが出てきます。食べて木の芽が香った後、香りが追っかけてくるということで「春になるな」という感覚をもつ料理です。表面は黄色で冬支度になっていますが、それも目にしながら香りと食感を楽しんでいただく料理に落としこんでいます。以上です。ありがとうございました。

「編笠柚蛤蒸し」

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