• 定期
「料理と温度の関係」Program 3:ディスカッション+質疑応答 2/3

「料理と温度の関係」Program 3:ディスカッション+質疑応答 2/3

Program 3:ディスカッション+質疑応答 2/3

講師紹介

吉岡 日本で料理を作るのなら、日本に生まれたことが最大の武器ですね。香港や中国で仲間と働いている時は中国人になることを勉強しているわけではないのですが、中国人になりたいという願望が消せない。中国人になりきって食材を研究する、そういう感覚にかられて、風俗、習慣とかも覚えつつ、加熱の仕方を一から習う。中国の仲間が帰り際に言ったのは「日本にいても、食材を見た時に私と同じ考え方が浮かんでくるように勉強しなさい」。そんな言葉をいただいて、いい財産になりました。しかし、日本で作る中国料理には日本人の感覚を研ぎ澄ますことも大事だと思います。

門上 京都のお仲間のお一人である「清和荘」の竹中さん、今日のデモンストレーションはいかがでしたか。

竹中 私も村田さんに言われ、できるだけこういう会に参加してエッセンスをいただこうと思っています。私のところは宴会が多くて大量調理なので、こういう会で勉強することは役に立ちます。殺菌とか科学的なことは知らないとできないこともありますから。個体差もありますので、毎回同じようにはできませんが、あくまで基本があって、その上で毎日、自分で決めていかないとあかんなと実感しています。年々積み上げが増えていって、10年前はどうやって料理していたのかわからなくなるくらいです。スチームコンベクションなんてなかったですから。和食も劇的に変わってきて、フレンチとかイタリアンの方がおっしゃることがわかるようになってきたのは、和食も変わってきたのかなと思います。

門上 日本人は日本人であることと、今、料理の国境がなくなってきているということについて、村田さんいかがですか。

村田 ボーダーはいずれなくなるだろうと思っているんです。科学は世界共通、タンパク質の凝固温度がフランスと日本で違うということはないわけで。そうしたなか、特に日本人は他の国の人よりも素材に対しても、食においてもテクスチャーが重要で、たとえば「もっちりしていておいしい」「パリパリしていておいしい」とか、擬音語がいっぱいある。「もっちり」も「パリパリ」も味ではないのですが、味と関係している。この頃は、香りと味が微妙にリンクしていて、どこらへんまでが香りか味かわからんようになっている気がします。日本人は食材に対するリスペクトが他の国とは違う。ダイコン一本も神からいただいたもの。まず、水は清し、料理は洗うことから始まる。水で洗った後、何でも皮を剥く。無花果まで皮を剥く民族は日本人だけでしょう。これで神からもらったものになったと齧ると、ダイコンは辛い、苦い。それは本来のものを邪魔する灰汁があるから。灰汁は清き水に浸けて聖なる火で炙る。湯がきあげる。人間ごときが神からいただいたものに味をつけるのはもってのほかや。味は添えさせていただく。「柚子味噌ができました。風呂吹きができました。どうぞ」と作るわけです。食材は神からいただいたもの、最初から完璧なので邪魔をしている部分を取り除けば本来の形になるという調理方法。それと、食材に対するリスペクトの仕方が違うもので、もののもっている命を自分の命としていただきます。命は大きくても小さくても一つの命であるという仏教的なことからきている。それは捕食者と捕食されるものに分かれていて身分差がある。僕らは「あなたのもっている命を自分の命としていただきます」。捕食者と捕食されるもの、両方とも神から与えられた命やというリスペクトの仕方をする。料理の方法も違ってきて、西欧諸国は足していく、僕らはいらんものを引いていく調理法。調理法が真逆の変わった考え方をするのは日本人だけなので、世界にこれから大きく影響を与えるだろうなと思っています。

山口 そういう心をもった日本人がフランス料理のテクニックを使ってくれれば、と思います。村田さんの話を聞いて勉強になって、また得した気になるんです。

吉岡 日本だけの感覚というお話でしたが、中国料理も同じですよね。ラップで包んで蒸すという時代ですけど、中国料理は竹の皮とか蓮の葉とかを使う。中国人は腹の足しになるとか、うまいだけでは物足りないんですね。お腹を満たすために食べれば、それは食といい、体を治療するために摂取すれば薬というにすぎない。本質的にすべての食物は薬としての効能を持っているというのが中国人の考え方で、不老不死を最大として食をとらえている。料理は中国から日本にきた背景もあるでしょうが、村田さんのお話を聞いて似た感覚なんだなと思いました。

門上 考えればそうですよね。川崎先生、日本料理の成り立ちについてお願いします。

川崎 雑誌『月刊専門料理』に「料理の発達について」書いたことがあります。料理の発達をどう考えるか。僕は自然との関連だと思います。料理は食文化によって確かに違う、その違いをどの程度のレベルで考えるか。生物学的な考え方をすると、人間が何かを噛む力はフランス人、イタリア人、日本人、それぞれに違います。西欧人の方がしっかりした骨格だから。しかし、人間として考えると、ある程度の幅にはおさまっていると思います。アフリカで生まれた人類が世界中を旅して移住してきた、と考えるのがグレートジャーニーという考え方で、噛む力とか、匂いを嗅ぎ分ける力、味を味わい分ける力は、ある程度の幅に入っている。そこで何が違うか。人間はある程度いっしょですが、土地ごとの生物は違う。その土地の生物を食べて体に染みこませていくのが食だと思います。アフリカの食物、生物は、植物、動物を含めて、移住先のアラスカとは違う。同じ栄養欲求をもつ人間が、土地によって異なる生物を摂り入れていかないといけない。そこに食文化と調理の違いが生まれるんじゃないかと思っています。同じ炭水化物でも、アフリカの炭水化物、アジアの炭水化物、欧米の炭水化物は違う。それは、土地に適合した植物体そのものの種類が違うからです。人間はそこを変えずに、土地に適応して調理を変えた。違う炭水化物を人間が食べられる、それをみな同じく「1グラム4キロカロリー」のエネルギー源としてとらえていると僕は思っているんです。その土地ごとの植物を同じ体に摂り入れる時、考え方は宗教とも絡むし、その土地のいろんな習慣とも絡んでどんどん変わっていく。文化において重要なのは多様性だと思いますが、いろんなところから影響を受けて変わっていく。それはその土地の自然が違うからだと思う。自然を起点にして、料理は、その土地の自然が人間に対してどういう影響を及ぼすかという観点から考えています。

門上 料理の進化については文化が大きいと。温度のことで考えれば日本は湿度が高い。北欧は温度が低い。そういうところで料理は変わってきますよね。

川崎 北欧の「Noma」は発酵に興味があった。北欧は麹もなく、寒いからか発酵食品はあまりなかったが、本来はなかったのを無理矢理、温度をかけてやっている。それは彼らが日本料理に興味をもち、発酵を見つけたのですね。本来の料理の発達と違う速さと方向で情報交換が起こって、一足飛びにポンと技術が入ったというのは今までとは違う流れだと思います。

門上 違う発達の仕方が今の時代やからこそできたということですか。何年か前、京都の日本料理アカデミーの研究会で「Noma」のレネ・レゼピ氏が植木鉢に野菜を刺した料理を作られたのが印象的でした。では、会場の会員から質問とかありましたらどうぞ。

質問者 山口シェフの牛ロースの低温調理についてうかがいます。57℃で7時間という説明でしたが、湯せんを57℃で1時間くらいすれば中心まで57℃になると思います。その後の6時間でどういう組織の変化を期待されているのでしょうか。

山口 25時間とか30数時間も試しています。酵素の働きで、うま味成分が増したという感覚もあります。検査に出したところ、グルタミン酸の量が増えていました。

質問者 今回、高級なおいしい肉を低温調理されましたが、安くて硬めの肉をこの調理法でしたら同じようにおいしくなりますか。

山口 赤身の方がおいしいと思います。熟成と同じなので赤身の肉だと柔らかい、肉の従来の柔らかさではない柔らかさになると思います。

他にもこんな記事が読まれています