Program 1:スタディ 1/2
講師紹介
基調講演:『料理人のための「だし」のサイエンスとデザイン』

「だし」は私の研究テーマのひとつでもありますが、私は関西食文化研究会のイベント第1回目「だしサミット」には参加していません。「菊乃井」の村田吉弘さんがイベント後に、疑問をもたれた。各ジャンルの料理人が互いのやり方でプレゼンテーションしたけれど、共通言語がないことに気づかれた。「ジャンルが違うと共通言語がないところに違和感がある。そこにサイエンスの視点が入ったら共通する見方ができる」ということで、私に声がかかりました。第2回目「熟成」からの参加ですので、今回、初めてだしの話をします。
まず、和洋中のだしを俯瞰します。私はアジア料理の研究もしていて、ベトナム料理にもだしがあります。豚の背骨の骨髄を抜いたものでだしをつくる。料理にしたときハーブの違いを楽しみたいから、わざと薄くしているらしい。着目していただきたいのは大根です。なぜ大根を入れるのか。ということも踏まえ、3つの観点から話したいと思います。まず「What;だしとは何か」。材料や成分から考えていきます。「Why;なぜ、だしが重要か」。料理において、だしがなぜ大事なのか。最後は「How;どうつくるのか。どう使うのか」。いまのだしをよりおいしくする、新しいだしをどうつくるか。この3つの観点で話します。
■What;だしとは何か
生の肉はそんなにおいしくない。例えば、ユッケは醤油とか卵黄を絡めて食べます。生肉を塩で食べることはない。対して、焼いた肉は塩だけでもおいしい。焼いた肉はなぜおいしいか。肉を鉄板で焼いてひっくり返すといい色になっている、これがおいしい。それがどうやって起こるのか。鉄板と肉の間で何が起こっているかをリアルタイムで見たいと思った。焼いている肉を下から見たかったので、耐熱ガラスを用意して上に肉をおきました。ガスバーナーで加熱し、それを下からデジカメで撮影しました。どんなことが起こるでしょうか。まず、肉の筋繊維が変性して肉汁が出てきます。それが沸騰します。その後沸騰で濃縮が起こって茶色になる。これがメイラード反応です。メイラード反応が起こっている成分が見えるように耐熱ガラスを傾けています。焼いている肉は肉汁が出て濃縮されて茶色く変化する。肉汁にはアミノ酸があるので、うま味成分を強く感じる。メイラード反応が起こって香ばしい香りがする。
ここで覚えておきたいのは、味成分は水溶性ですから水に溶ける。香り成分の多くは油に溶けます。アルコール、乳化剤は味成分も香り成分も両方を溶かす。リキュールとか酒はいろんな味もするし、香りもします。香り成分はシソ、木の芽の成分も脂溶性ですが、醤油などメイラード反応系の生成物は水溶性のものも多い。燻製の香りも水溶性が多い。そこで、だしは何かがわかってきます(参照:表1)。肉を焼いて、うま味成分が濃縮されてメイラード反応の生成物が肉についたのがステーキです。それがだいたい60℃を超えたら筋肉が収縮して成分が出ますから水の中にうま味成分、アミノ酸が溶けていきます。さらに100℃で4時間加熱するとメイラード反応が起こる。126℃以上といわれていますが、肉を焼くと一瞬でそれが起こります。100℃の低温でも4時間かければ起こります。ブイヨンとかだしをとっていく時に3時間50分を超えると急に茶色くなる気がします。濃縮されて加熱が進んでいるからです。赤味噌も低温で熟成させると茶色になります。これもメイラード反応で、時間さえかければ反応は起こります。

西洋の料理も日本料理も中国料理でも、だしをこういうように考えることができるのではないか(参照:表2)。日本料理のだしは、昆布からグルタミン酸、鰹節からイノシン酸、といううま味成分とメイラード反応の香り、燻製の成分がいっしょになる。だしに煙の成分が入るという特殊性が日本のだしです。西洋料理では、肉から様々なアミノ酸とか野菜から糖分が出て、それが反応してメイラード反応を起こすことで茶色い、おいしそうなフォンやブイヨンができるわけです。中国料理では、肉からアミノ酸が出てメイラード反応が時間をかけて起こっている。中国料理のだしに比べて西洋料理のだしが濃いのは、糖がたっぷり入っているからメイラード反応が起こりやすい。それがこの差ではないかと考えます。材料と成分から考えると、西洋料理と日本料理と中国料理の相違点と同じところを、このように考えることができます。

もう一つは香りを移すことです(参照:表3)。香り成分は水溶性なのか、脂溶性なのかを考えた時、その媒体が何で、最後に何ができるかに注目します。メイラード反応生成物の香りでいえば、フランス料理は焼け焦げた部分をスックといいますが、スックを水に溶かしてソースやフォンにする。さらにワインで煮溶かす。ベルナール・ロワゾー氏はデグラッセに水を使ったと聞いていますが、それをソースにしていく。脂溶性は水には溶けませんから、オイルに溶かすのがハーブオイル。常温で固体の油脂を溶かすことができます。脂溶性の香りを水に溶かそうとすると溶けませんから揮発する。ハーブティとかは香りがどんどん蒸発して、いい香りが出てくると考えることもできます。だしは、水にそういう成分を溶かしこんだものと考えると、油脂に溶かしたものはだしといわなくてもいいのではないか。水に溶けたものがだしだと思っています。

中国料理のだしのつくり方は、丸鶏とか干した貝とか熟成発酵させた生ハム(火腿)を使います。干した貝柱は生産者で既に濃縮されている。日本料理の昆布と鰹節を乾燥させて濃縮しておくという考え方と似ています。中国料理は生の食材を抽出して濃縮してだしを取る。乾燥して濃縮させたものをいっしょに使うのが中国料理とフランス料理で、日本料理の関係性を見る上でも重要だと思います。プロセスを見た時、日本料理は基本的には事前に乾燥、濃縮したものを使って厨房で抽出する。フランス料理は生の食材を使って抽出したものを加熱の中で濃縮する。中国料理は抽出しながら濃縮していく。アミノ酸のうま味です。メイラード反応の香りという欲しいものは似ていますが、素材とプロセスの順序が違うと考えることができる。だしをつくるプロセスの違いと理解していいのではないかと思います。
だしとは何か(参照:表4)。水と、うま味成分と、メイラード反応生成物。さらに二つあって、脂質酸化物と硫黄化合物です。日本料理に関しては燻製成分が特徴的ですが、フランス料理と中国料理では硫黄化合物になります。これは、硫黄化合物がおいしさにどの程度影響しているかをみればわかります。ネギ、ニンニクに含まれるものです。フランス料理でもポアローネギとかタマネギを使う。中国料理もネギを使う。その硫黄化合物がおいしいのではないか。証明されていませんが、実際に使われている。ベトナム料理では大根を使います。乾燥した大根だとよくわかりますが、大根は硫黄化合物が多いし、何らかの影響を及ぼしているのではないかと思います。メイラード反応でアミノ酸と糖の加熱反応に硫黄化合物が入ると、より肉っぽくなるという考え方もあるので、硫黄化合物が影響している可能性はあると思っています。できるだけ少ない材料で、より肉っぽくするのに使える可能性もあるし、臭み消しの考え方もあります。だしとは何かの結論として(参照:表5)。水と、うま味成分、メイラード反応生成物と脂質酸化物が共通にあり、そこに硫黄化合物が入ったのが西洋料理であり中国料理であり、燻製成分が入ったのが日本料理であると。食材から水に抽出したものがだしということになる。



