Program 2:プレゼンテーション+試食 [日本料理]
講師紹介
「鱧と順才の御碗」

10年経つと料理に関する考え方も変わってきます。これまでは、グローバルへと拡大していって、多様に色々な国の料理を勉強して、それを日本料理にどう活かすかを重視してきました。それも一巡すると、「日本料理はこうではないか、日本料理の土台はどういうものか」を見直す時期ではないかと思い始め、私自身、だしを見つめ直そうと思いました。今日は、川崎先生が西洋と中国と日本のだしの話をされて、更に明快にだしの違いがわかりました。今回は、昆布と鰹節そのものに再度フォーカスしてみたらどうなるかというアプローチです。
京都大学で味覚受容やおいしさの研究をされている林由佳子先生といっしょに「日本食のだしの評価」の共同研究をしました。現在、科学者の間では味覚センサーはあまり有効ではないと考えられています。例えば、イノシン酸とグルタミン酸の相乗効果は人間の舌では味わえるが、味覚センサーでは検知できません。グルタミン酸とイノシン酸を足してその効果が出ている、おいしくなっていることが指標には出ないんです。それで、味覚センサーを見て、科学者ではなく料理人が評価した時、そこから紐解けることがないか。科学的なデータを料理人から見た場合、科学者と違う視点でどうとらえられるかが、これから大事になることではないかと思うのです。
今日の昆布は利尻のいい昆布ではありません。でも、測ると結構いいアミノ酸の数値が出ます。この昆布にどれくらいの付加価値をつけてお客さんの前に出せるか、昆布の管理から品質まで、製造過程に手をいれてみたんです。昆布の品質に関して、私たちが思うおいしさまでもってくることは昆布の生産者は深く考えていません。どのような条件で昆布を引き上げ、どれくらい乾燥させ、熟成させて市場に出していくか、生産や流通の過程ではあまり考えられていないところを、科学的に料理人が責任を負える範囲で熟成を進めていくとどうなるかという、ものづくりを考えてみました。その根拠は何か。科学的に考えることが大切で、京都大学で「だしの分析」をしました。利尻の昆布でも昆布を変えて鰹節を一定化して昆布の特性を調べています。pHも同じラインで抑えてやってみました。メーカーの市販だしとの比較検討もしてみました。味覚センサーの応用原理で、人工の脂質をつくって電気をあて、膜電離の変化を、センサーをコンピュータに移して感じられた成分について強度も含めてデータ化します。基準のだしの組成を決めました。ミリモルの単位で塩化ナトリウム、グルタミン酸、アスパラギン酸、シチジル酸、イノシン酸と、だしに含まれているアミノ酸を定量化して標準的なだしとしてとらえ、それぞれのだし成分がどのような分布をするか測ってみました。料理人の生成しただしと一般のだしを比較すると如実に違うことがわかってきます。
<分析結果をスライド上映しながらの説明を要約>味に感じる苦味、雑味と、後から感じる雑味が、私たちがだしに使う利尻昆布については苦味成分、雑味成分と、感じられるものが多いことがわかります。だしの調整時間別、鰹節の産地別比較をしてみますと鰹節を変えても苦味、雑味、苦味成分が利尻昆布については伸びている。そこで、「苦味、雑味、苦味成分は何か」という検討に入るわけです。だしについては、水溶性の匂い成分が多い。おそらく疎水性が高いものが苦味成分の数値を上げているのではないかと思われます。



実際に香気成分についても検討したことがあります。ガスクロマトグラフィーという匂い分析器を使用し、だしに含まれる有機化合物を測定する。自分が被験者となり、感応的にどういう香りが含まれるかを試したことがあります。品質のいい昆布には熟成香が多く、漢方系の香りで甘草、ナツメ、金木犀、茸のような香りがする。沈香、伽羅とか香木のような香りがする。これは安い昆布にはない香りで、高い昆布には熟成とともに落ち着く漢方系の香りが強くなる。そこで、香りを強くした昆布をつくれないかと考えた訳です。
昆布の生産者は昆布の管理する温度帯も5℃~25℃とまちまちで、上がる時には30℃まで上がる。菌にはそれぞれ得意な温度帯がありますから、変化においてどういう菌、バクテリアが繁殖するかが不確かです。どの温度状態で管理するか、どれくらいの年数を管理するかに違いがある。長期間熟成といっても、密閉した状態で温度も管理した状態でおいた昆布とそうでない昆布には差ができる。あくまで自分たちの想像上で、どうなっているか確信はありませんが、こういう方向性も考えられるのではないかというところが見えてきます。昆布自体も長期のメイラード反応が、ある一定の温度帯で酸化もそれほど起こらず、ある程度空気の流動はあるような状態でずっと品質が保持された状態にする。そうすれば、料理人が自分で思う状態の時に出してきて使うことができる。そこまで細かく詰めてやっていく。今後、生産者に「こういう管理をしてください、こうなったら出荷してください」と指定する。そこにセンサーを置いて、判断して出荷してもらうという考え方ができてくるのではないかと思います。
これは料理屋が今後考えていくべきことで、それぞれの料理屋にコアコンピタンス(自社の強み)、自分のところにしかできない自分なりの昆布をつくっていく、鰹節をつくっていく、洗練させていく技術力が必要ではないかと思う訳です。実際、これで経費が節約できます。いい昆布だと1万円するのが、4千円とか5千円の昆布で同じ値打ちが出せれば、コストを削減することができる。こういうアプローチ、つまり研究・開発への投資を料理人も考えてすべきだと思うのです。仕入れ先や企業とディスカッションしながらでも「データはこういうことをほしい」と開発していくのが大事かなと思います。コアコンピタンスのいい例が、京都「一子相伝 なかむら」の主人、中村元計さんの白味噌雑煮です。白味噌の練り方をどうするかディテールは全く知らされていない。だしの取り方も決まっていますが、その中に見えないコンピタンスがある。それぞれの料理人が、そういうものを持つことが大事なのですね。卵一つでもコンピタンスになります。その店にしかできないものができれば、強みになる。そういうように原理原則からものごとを突き詰めて考えていくことを「10年目のだし」の重要な根幹にしようと考えました。

これは4千円の昆布です。だしを召し上がっていただくのに「いい線いってるな」と思ってもらえたら上出来で、そういう状況までもっていけるところが面白いかなと思う訳です。今日は10年前からされてきた、だしの引き方と何ら変わっていません。ただ、昆布の品質管理を変えて「そんなにいい昆布でなくてもこれくらいの香りが出せる」といっているだけです。
後からくる苦味、飲んだ後に鼻から上がってくる香りの甘さが、品質のよさを演出している。昆布は開放されたところに置いておくと香気性分が飛んでいくので、できるだけクローズしたとろに置いて、使う時はその都度出しています。香りの強度が変わってくるので。東京では昆布だしが出にくいので鰹節で味を決めることが多かったのですが、京都へ帰ってくると、昆布だしがよく出るので、あまり鰹節に重きをおかないようになりました。鰹節に気を使わなくなったのは面白いなと思います。鰹節の香り成分、燻製の成分は僕自身としては低いと思っていて、煮炊きの場合は、カビ付けしたものを使わずに荒節を使って味を整える作業をします。昆布だしの時は、引き立ての鰹と均衡を残そうということで風味を味わう。
冬瓜は皮を剥いて塩と重曹を混ぜる。塩が10に対して重曹が1くらい。表面にこすりつけて湯がく。湯がいたものを適当な大きさに切って、これをだしで炊きます。アテに順才と梅肉と柚子を使います。鱧は骨切りをして塩をして、表面だけ打つ人もいるし、一枚ずつ打つ人もいます。鱧は昆布だしで落としています。だしについては薄口醤油。これも変わりません。塩でまとめていただいて、冬瓜は醤油多めで塩をあてて固めておく。鱧に火が通ってきました。今の時期のシンプルな料理ですが、もう一度、みなさんに理解していただきたいなと、他のところは変えずに、今日話した部分だけを調整して調理したということです。御碗が出来上がりました。
今日の話は、だしについて、昆布についてで、鰹節にはあまり触れていません。昆布を一から見直してつくりあげていくことの大事さ。人間の反応は測れませんが、この部分が必要であるということをさらに拡大していくためにはどういう熟成、発酵が必要かということが、今後、どんどんわかってくると思います。今後、技術進歩と創発によって料理の味もおいしく、安く、みなさんに提供できるのではないかと思います。ご静聴ありがとうございました。


![10年目の「だし」サミットProgram 2:プレゼンテーション+試食 [日本料理]](https://food-culture.g.kuroco-img.app/v=1774927652/files/topics/728_ext_2_0.jpg)