• 定期
「だしの最前線を探る」Program 2:料理実演と考察 [イタリア料理]

「だしの最前線を探る」Program 2:料理実演と考察 [イタリア料理]

Program 2:料理実演と考察 [イタリア料理]

講師紹介

山根 大助氏
「ポンテベッキオ」オーナーシェフ
メニュー

「ブロッコレッティのリゾットの上にのせた淡路産ゴールデンポークのバラ肉のとろとろブラザート」

「だし」のつくり方はいろいろありますが、水分に何らかの成分を抽出したら、その時点で「だし」ですよね。そういう意味ではあらゆる「だし」が考えられるわけで、考えたのは西洋料理の場合です。スープのベースになる「だし」をブイヨン、イタリア料理でブロードといいます。基本的には材料といっしょにして飲む料理、スープのようなものをつくるのがブロードです。それに対してフォンというのはベース、底という意味で、フランス料理やイタリア料理ではソースのベースとして使われる。スープになる「だし」、ソースになる「だし」、この役割の違う2種類の「だし」について考えてみました。

ブロードとフォンの違いは何か。フォンは材料を焼くなどしてメイラード反応を起こさせて、いい香りを出し、それを水分(ブロードなど)に移していく。ブイヨンは通常は材料を焼かないで水で煮出していき、抽出したもの。そこに更に野菜や肉、魚介などの材料を加え(つぶすこともある)、料理に仕上げていく。
うちではフォン・ド・ヴォーはつくっていません。鴨の料理を出すのに仔牛の骨のソースはいらんのではないかと考える。フォン・ド・ヴォーは、塩味をつけるだけで食べても、そんなにおいしいものではない。一歩間違えると炊きすぎて、おでんのような味になる。鴨とあわせておいしくなるわけではない。鴨は鴨の味でよいではないか。おそらくたくさんソースをつくるために鴨だけでは足りず、ベースになる液体がほしかったから、フォン・ド・ヴォーが使われているのだと思う。
うちでは材料を焼いたものを煮出すのには、ブロードを使う。その意味ではブロードはいわば万能の抽出媒体でもある。故に、用途に応じてゼラチン質を強くすることもある。

まず、リゾットをつくります。鍋にエシャロットのみじん切りを入れます。オリーブオイルを入れます。最後、バターで仕上げていくリゾットの場合、エシャロットとか米をオリーブオイルで炒めます。ソフリットです。ちょっと多いめの油で揚げるようにして香りを出して水分を飛ばすことでうま味やコクを凝縮する作業です。
このしっかり炒め、凝縮する作業には意味がある。凝縮した材料はジャムのような状態になります。一度ジャム状になった材料は水分をたくさん加えて伸ばしても、凝縮した味が変わることなく、ただ、薄まっていく。それに対して一度も凝縮していない材料は水分の量によって、味そのものが変化する。

米を炒めます。イタリア料理では米を炒める時に塩を入れます。生米の状態で少し炒める理由は、米の糠臭さが消えることと、米の表面に火の通った部分をつくることで、米が溶けにくくなるからです。白ワインを入れて煮詰めます。なくなってしまう状態まで。ここに熱いブイヨンを入れます。冷たいブイヨンを加えると、米の表面が急激に冷やされて縮み、割れたり、米の中に粉っぽい部分ができてしまうので要注意。ベースは鶏ですが、実は仔牛の骨を少しだけ入れています。比較的、一般的な鶏中心の「だし」です。

映像をお願いします。今日、スープをつくってきました。このスープはイメージ的にはラーメンのスープです。作り方は、丸鶏と鶏ガラを圧力鍋で2時間強炊き、グスグスに柔らかくする。
昆布、煮干し、干し椎茸、ドライトマトを、それぞれを一度、冷水で戻す。戻してからその液体を圧をかけて炊いた鶏ガラの「だし」に加え、生ハムの固いところやキャベツ、玉ネギを加え蓋をして、ぐらぐらと沸かしながら約3時間炊く。これにより、とろみのあるうま味たっぷりの白湯のような「だし」が取れる。
アミノ酸的に足りてないのは貝の要素かな。ラーメンの時は貝柱やハマグリなどの要素を加えるか、醤油種にそれらの材料を使い、うま味のアミノ酸を複合的に組合わせた、かなりおいしいスープが出来上がる。
今回は「だし」がテーマなので、コハク酸、イノシン酸、グルタミン酸、グアニル酸を多く含む材料を、必要なうま味成分を計算しながら組合わせた「だし」をあえてつくった。何をどう加えていったら、うま味的においしい「だし」ができるかという実験的なものです。
醤油種に貝の要素やメイラード反応物質を使うなど、この研究会で本気でやれば、おいしいラーメンはすぐできてしまうと思う。確信犯的においしい液体をつくろうとすると、ラーメンスープのようなものができてしまったということです。今回はそれを米に吸わせて、いわば食べるスープをつくりました。おいしい「だし」の役割は米や麺のような炭水化物を、生きていくために必要なタンパク質を食べていると錯覚させることにあると考えます。

もう一つの「だし」の使い方です。ソースのベースになる「だし」です。この場合の「だし」は、おいしいソースをつくるベースとしてだけではなく、豚肉からできるだけうま味を水分に出してしまわない、いわば装置としての役割です。
最初にくず肉を使ってメイラード反応を起こし、赤ワインとマルサラで香り付け、味付けをし、ミルポワやマッシュルームなどとともに煮込みをつくります。それを漉して煮詰めて、ある程度、濃度のある液体とします。その中に皮付きの豚バラを入れ、約85℃で2時間かけて柔らかくします。この濃度のある「だし」は、豚肉のうま味や成分とほぼ同じなので、味の交換と言うか、抽出がほとんど起こりません。
そもそも、「だし」が取れるメカニズムは、濃いほうから薄いほうへ、薄いほうから濃いほうへ成分が移動して、最終的には同じ濃度となり安定する性質を利用して抽出することなので、濃度差がなければ抽出がほとんど起こらない。つまり、この「だし」の役割は、温度を上げて柔らかくすることであり、通常の煮込みのように抽出と柔らかくする二つの目的を、ただ柔らかくするという一つに絞り込んだ、いわば装置である。
85℃で90分以上加熱するとゼラチン質の鎖が溶けて柔らかくなります。理論的にはほとんど味が抜けてなくて柔らかい肉ができるはずです。

リゾットを仕上げます。通常のブロードで炊き始めたリゾットに、先ほどの濃い白湯スープを加え、米を煮込んでいく。最初から濃い「だし」で炊くと、米が汁を吸わない。濃すぎる「だし」はリゾットにしにくいことがわかります。仕上げにブロッコレッティピュレを加え、バターでモンテします。「だし」が濃いので、それほどバターは入れません。そして、パルミジャーノチーズを少し加えてリゾットの出来上がり。
豚肉をソースの中で仕上げ、リゾットの上にのせる。ブロッコレッティのエチュベと豚バラの皮だけパリパリに焼いたものを上にのせて、料理は出来上がりです。
2つの「だし」の使い方と用途の違いがはっきり出た料理だと思います。

■考察(川崎寛也氏)

川崎 宇宙の法則の話、そうだと思うんです。

山根 安定しようとしているんですね。

川崎 エントロピーですね。まずブラザートですが、煮込みの伝統的なつくり方はどうなりますか。

山根 最初にソースをほとんどつくってしまい、ソースをつくりながら肉を煮込んでいき、ソースのおいしさと肉の柔らかさを同時につくるのが、伝統的な作り方です。今日は最初にソースのベースをしっかりつくって、その中で肉を加熱することでうま味がほとんど抜けていない、しかもとても柔らかい煮込みをつくりました。工程が1回分多いです。

川崎 「だし」とは何かということで、ポトフがあって汁の部分を他に使うことによって料理の因数が増えて料理の多様性が増えたんだということですね。フランス料理的な考え方で、ソースありきで考えられたわけですが、フランス料理でも肉から出たものをまた皿に戻すという考え方もあります。イタリア料理の場合は、煮込みの中のソースをつくり込んでいく。イタリア料理的な発想、しかも「分解と再構築」だと思いました。ポイントは二つ。一つはエントロピー。濃度勾配をいっしょにしようとしていること。素材があって液体がある時、両方が最後まで同じ濃度になるまで煮込んでいくことで「だし」が出ていく。料理のジャンルによっては途中で止めて、必要なものだけ抽出して、いらないものを素材に残していくこともある。上野さんは、鰹節を煮込みすぎると酸味が出るので途中で止めていた。山根さんのは濃度が濃いものの中で肉を煮込んでいく。もう一つはその過程で筋肉の収縮がある。濃いスープの中で豚肉が入り、85℃で数時間加熱される。85℃がキーになる。90℃を超えるとゼラチン、コラーゲンが、よりゼラチン化する。85℃だとそこが中途半端で終わる。筋肉の収縮は豚肉では50℃から始まり、85℃だとギュッと縮むことが行なわれにくい。まわりにブイヨンを入れず、この温度でスチコンに真空パックして入れても汁は出てきます。それはなぜか。筋肉が収縮して肉汁が出る。ただスープの中に入っているからわからないが、スープがなかったら水分が出てくる。ところが温度が低いから出にくいことになる。全く出ないわけではないが、出たり入ったりしている状態を3時間続けている。

山根 ある程度、水分が出ることを前提に濃度を決めます。設定された温度になった頃、水分が出るので、それで濃度が丁度になるような液体にします。

川崎 ロゼに仕上げるように58℃でやったらどうなりますか。

山根 それはそれで一つの料理として成立するかもしれないが、バラ肉があまり柔らかくならないと思われる。85℃より90℃の方がよかったかもしれない。とろんとした柔らかさを出したかった。皮付き豚なのでゼラチン質のおいしさを表現したかった。

川崎 でも、独特の食感が残って煮込みとドリアの間のような感じで、しっかりとして肉の味もあるし、周りとのコントラストもいい。煮込みとは違う感じで。温度が低くすることで、そんな食感になったのかなと思いました。

山根 最初のスープは材料を意図的に選んでいます。山口さんが以前にされたソースの研究のアブラナ科の植物とか、いろんな要素を使ってみました。このソースも分析するといろんな要素が入っている。それを意図的にスープに応用して計算的にやりました。

川崎 タマネギは糖と硫黄化合物。ニンジンは糖が多い。エシャロットも硫黄化合物です。マッシュルームはグルタミン酸。生ハムはグルタミン酸の塊が入っている。キャベツも硫黄化合物。ベトナム料理とかアジアの料理ではキャベツとか大根を「だし」の中に入れます。硫黄化合物が入っている。

山根 こんな味にしたい、こういうふうにもっていきたいと思えば、材料を選んである割合で入れていけば意図した味のものができると思います。風味とか香り成分を考えて、ブロッコレッティをあえて油を多めにして加熱して油ごとかけてとか。それによってブロッコレッティの香りのオイルが入るとかの効果も狙える。

川崎 その場で香りをつくっているようなものですね。

山根 料理として考えるか、「だし」として考えるか。今まで何度も「だし」をテーマにやったから、抽出する材料を変えることで、異なった「だし」が取れるということは当たり前で、あまり新しいことではない。「だし」の異なる役割について考えてみた。さらに香りや味の抽出の違い、香りは脂溶性で、うま味や味は水溶性であることを利用すれば、おもしろい料理をもっとつくれると思う。

川崎 理論というかテクニックがわかってしまうと逆に難しい。自由自在にできるから。ストーリーとかコンセプトとか、何をお客さんに提供したいとか、どういう順番に出すとか、そういうレベルになってくる。料理人にとっては難しい問題で、自分の人生経験とか、どういうアートを見ているかという話になってくるので難しいけれども、面白いと思います。
最後1点だけ。ソフリットが「だし」なんだよという人がいたんですね。それはそうかなと思いました。「だし」は水に抽出したものというのは日本人的な見方で、出た汁という見方ですが、おいしさの担保からすると、イタリア料理でソフリットをおいしく、しっかりつくることは大事なことなんですね。その人にとってソフリットが概念上「だし」なんだということは、ソフリットがベース、フォンなんだということかなと思いました。山根さんの料理を見ていてもソフリットをしっかりつくって、一回ジャムにして煮詰めたものを薄めていくと全然違うものになる。フランス料理とイタリア料理で最初のソースのベースはフォンとかがありますが、香味野菜を炒めることも重要だと思いましたね。

山根 そう思います。一回、煮詰めたものは、それを伸ばしていっても味の骨格は変わらずに、ただ薄まっていくだけ。煮詰まってないものは違う。イチゴジュースをストレートで飲むのと、6分の1まで煮詰めてから水で同じ濃度まで薄めたのを飲むのは違う味です。濃く煮詰めてしまったものは、もう変わらないんですよ。トマトであれ。そういう考えです。

川崎 そこにいろんな反応が起こっていると思います。濃縮だけではなく、ソフリットのように硫黄化合物が入っているものに関しては、一回そこで酵素がなくなっている。そのまま生で食べるのではなく、一回煮詰めるところまで加熱が入ると酵素が死んでフレッシュな香りがまた変化して、いろんな反応が残っている。糖が多いから違うとか、メイラード反応もかかわるとか、反応が起こっているのでね。

「ブロッコレッティのリゾットの上にのせた淡路産ゴールデンポークのバラ肉のとろとろブラザート」

他にもこんな記事が読まれています