Program 3:ディスカッション 1/2
講師紹介



出演者:川崎 寛也氏(博士(農学)・「味の素株式会社イノベーション研究所」主任研究員)、上野 法男氏(「一汁二菜うえの」代表)、大澤 広晃氏(「酒中花 空心」オーナーシェフ)、山根 大助氏(「ポンテベッキオ」オーナーシェフ・コアメンバー)
参加コアメンバー:山口 浩氏(「神戸北野ホテル」総支配人・総料理長)、吉岡 勝美氏(「辻調理師専門学校」中国料理技術顧問)、髙橋 拓児氏(「木乃婦」三代目主人)
進行:門上 武司
門上 会場の会員のみなさんから質問をいただきました。そのうちから4つくらいを選ばせていただき、それを基にディスカッションを進めていきたいと思います。最初は川崎先生への質問です。「野菜だしの立ち位置をどのようにお考えですか」。野菜の「だし」ということについてです、川崎先生、いろんなジャンルであると思われますが、いかがですか。
川崎 野菜「だし」は今、いろんなニーズがあって。日本料理の場合は精進料理がありますから。髙橋さんは「芽生え会」の活動に参加されていましたね。
髙橋 2年間、大徳寺、南禅寺など10軒程のお寺さんで精進料理を出させていただきました。
川崎 その時は野菜の「だし」ですか。どんな野菜を使われましたか。どういう感じになりましたか。
髙橋 日本料理では、昆布は野菜なのです。日本料理は精進がベースともいえるので、そこから日本料理としての野菜「だし」について考えることになりました。ただ、生の野菜をそのままスープに入れることはないんです。乾燥させるのがキーではないかなと思います。ベースは、主に大豆と椎茸ですが、かんぴょうとか野菜の屑、ニンジンも大根もそうですし、一旦乾燥させることが必須条件になっていると思います。
川崎 それは、なぜですか。
髙橋 おそらく少しのメイラード反応が加わっていると思います。少しの酵素反応なのか、少しの発酵なのか、そのままではなく、若干風味が加わっているものがおいしいとされるんじゃないかと思います。
川崎 なるほど。野菜「だし」は、世界を見ても、ベジタリアンの人とかニーズが多くなっているようですが、いかがですか。
髙橋 ニーズはかなりあると感じています。外国のお客さんが10人いたら一人はベジタリアンというくらい多いので。私のところも乾燥のスープストックを用意しておいたり、予約にベジタリアンのお客さんが入っていれば前日に仕込みをやっています。
川崎 野菜「だし」に求められるのは、うま味だけでなく、ストーリー的なものとかレギュレーション、宗教的なこともかかわってくるということですね。「だし」は、これからもっと考えていかないといけないですね。日本料理は昆布が使えますから、うま味の担保は昆布が担える。グルタミン酸が多い食材は限られていて、大豆とか干し椎茸もありますが、干し椎茸の場合は逆に酵素反応でレンチオニンという香り成分が出てきますから、椎茸の臭いが出てきてしまうんですね。
髙橋 その部分は差し控えるというか、補助的に使うようにしておく必要があると思います。お寺さんの精進料理を見てもいやに椎茸が多く出てくるとお思いでしょうが、そこは控えていくと素材自体が引き立ってくるように思います。
川崎 「うま味インフォメーションセンター」で調べてみたんですが、ドライトマトとか、大豆も、ある程度うま味があります。ニンジン、ホウレンソウにもある程度、グルタミン酸が含まれているようです。香りとうま味成分を活用して野菜「だし」を考えていくことが、これから重要かなと思いました。
門上 野菜「だし」はこれから大事になるという話でしたが、山口さん、フランス料理にも野菜の「だし」はありますよね。
山口 あります。和食の場合はグルタミン酸とイノシン酸がベースで昆布の中には糖質が入っていたり、二つだけではないんですが、それら他の成分が複合されると洋の「だし」に近づいて行く。「だし」の呈味成分を一つひとつ分解して自分でデザインしていく。ニンジンは「だし」の成分の中で強いのは糖質ですし、「だし」の中で大切な呈味成分の一つだし、リンゴ酸(かんぴょうなどに在る)とか酸のものなので、それが全部複合されると洋の「だし」になるんですが、それをどういうふうにコントロールしていってデザインしていくのかが大事になる。グルタミン酸、イノシン酸、コハク酸、グアニル酸、それ以外の「だし」の成分を何でつくりあげているのかがわかれば、道は開ける。今日はそういう感じでみなさんのデモンストレーションを見させてもらいました。ここでこういうものを入れるのは変化させたいんやな、とか。理解が深まる。山根さんのを見ていて、山根さんは天才やなと思いましたけど、複雑すぎてわかりにくい。すごいことがいっぱい入っているんだけど、理解できている人は少ないだろうなという印象でした。
門上 野菜のうま味だけでつくる「ブイヨン・ド・レギューム」が1980年代に注目されたことがありましたが、フランスでは、その後どうなっていますか。
山口 ブイヨン・ド・レギュームをベースに何かを煮詰めてブールブランのような方向に派生していって、ある程度の個性化はできたんですが、おいしさ、満足度を達成するソースでしたので料理人の個性が出ないということで、もっとピュアなものに、素材自体の「だし」を大切にするという方向になっていると思います。今やフォン・ド・ヴォーもジュ・ド・ヴォーも使わない時代になっているのが現状だと思います。
門上 上野さんへ「八方だしの材料に、ハモとエビが使われていて干し椎茸が使われていませんが、何か理由がありますか」という質問です。
上野 私の中では、今回の「だし」には干し椎茸がきついな、合わないなと思ったからです。入れるとすごくおいしくなるのはわかっているんですが、ただその味になってしまう。今回はいろんなものと合わせてつくる「だし」なので、控えました。ハモは癖のない魚ですので、いろんなものに合うと思いました。エビは独特の香りがあるんですが、うま味もありますから。あまり誇張しないように量と焼き加減で調整しました。
山根 一見したところ、「八方だし」ですから薄い水分だけど、思ったよりも味が濃く、甘味を含めた複雑な味がして、僕らのやっているソースベースの「だし」に近い感じがしました。
門上 足して、足して合わせておられましたね。川崎先生、上野さんがされた手法はどういうふうに見られましたか。
川崎 成分レベルの話ですると干し椎茸がもつ酵素があって、水に浸かるとその酵素が働き出し、レンチオニンという成分ができます。干し椎茸の臭いで、嫌いな人は嫌いなんです。実はレンチオニンという成分は分子構造の中に硫黄化合物が入っています。諸刃の剣で、嫌いな人は嫌いだし、好きな人は大好き。椎茸もそういう酵素によって臭いが出てしまうので、入れないのは「八方だし」という、いろんなものに使いたい気持ちの現れだと思われます。ハモは季節によって違いますが、ウナギの仲間ですがウナギに比べると脂は少ない。アミノ酸がほしいのだろうなと思って見ていました。
門上 髙橋さん、上野さんの「八方だし」についてはどう思われましたか。
髙橋 日本料理では、最初にたくさんの素材から養分を抽出すると、後でまとめるのが結構大変になってきます。ピントがぼけやすくなり、焦点があわない状態を始めにつくっているようなものなんですね。入れれば入れるほど。バランスをもたせるのは、一つは調味料で調節する。醤油とか味醂で角をとっていって、全体のコクとかバランスをもたせていく。そこでもピントはズレているんです、そもそも。ピントがズレているので、それをあわせるのにネギと生姜を使うんです。ネギと生姜を使ってピントをあわせていくんですが、最終的には柚子をもってくる。そこが決め技になる。ネギと生姜で止まればいいんですけど、止まらない場合、最後は柚子になる。最初のピントのぼやけたものを修正していく方法をとるのが日本料理の構造だと思うんです。はじめの段階でピントがズレていなければ、そのまま柚子でいけるんです。ピントがズレていると修正するのに四苦八苦するのが日本料理だと思います。




