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「だしの料理との可能性を探る」Program 1:レビュー 2/2

「だしの料理との可能性を探る」Program 1:レビュー 2/2

Program 1:レビュー 2/2

講師紹介

川崎 寛也氏
農学博士・味の素株式会社イノベーション研究所

基調講演:『料理人のための「だし」のサイエンスとデザイン 「だし」を使う』

■新しいだしの使い方

「だし」の研究を見てきて、「だし」を考えることは料理そのものを考えることかなと思うわけです。世界の「だし」の成分から見ると、日本料理、西洋料理、中国料理によって材料が違います。昆布からグルタミン酸が出て、鰹節からイノシン酸やメイラード反応の成分が出る。肉類からはさまざまなアミノ酸が出ます。アミノ酸のうち何が多いか、グルタミン酸ですね。動物の死んだ肉にたまたまグルタミン酸が多いから、グルタミン酸の味を情報としてキャッチしておいしいと感じる。なぜ昆布にグルタミン酸がこんなに多いかはわかっていないそうです。たまたま日本で昆布からグルタミン酸を引き出したので昆布=グルタミン酸となっていますけど、本来、人間は肉を食べてアミノ酸をおいしいと感じたということですね。

「だし」とは何か(参照:表2)

「だし」は水が大事で、水の中に成分が溶け込んでいるもの。共通成分は「水」と「うま味成分」。メイラード反応生成物とか脂質酸化物は動物から加熱によって取るので、うま味は当然含まれてくる。西洋料理、中国料理は硫黄化合物があり、日本料理の場合は鰹を燻製している燻製成分がある。そう考えると、「だし」の必要条件は何か。料理の技術になりますが、食材から不要な成分を出さずに、ほしい成分を水に抽出したものが「だし」である。そこが、「だし」と煮込みの違いなので、長い時間をかけて料理人のみなさんが知見を得て、さっと入れて出すとか、技術を使って必要な部分だけを取り出すことがわかっているということかなと。これが「だし」です。

表2:だしとは何か?

うま味の使い方を整理する(参照:表3)

うま味成分を考える時、食品加工の観点から、うま味成分をどうやって活用してきたかを整理してみます。濃縮は、加熱して濃縮するのと乾燥して濃縮するやり方がある。発酵は、タンパク質を分解して、うま味成分をつくる。うま味成分ができたら形を変えて固体化する。それを削ってもいいし、粉末にしてもいい。それを水に移すのか、食品に移すのか。いろんなものと組み合わせる。これがうま味の使い方ではないかと考えます。これは料理そのものです。「だしを考えることは料理を考えること」なのですね。「菊乃井」の村田吉弘さんが考えたドライトマトとモリーユ茸とでつくった「だし」は、鰹節と昆布がなくても日本料理のうま味成分を抽出して液体にしているということだと思います(参照:表4)。

表3:うま味の使い方を整理する

表4:うま味の使い方を整理する

新しい「だし」をデザインする(参照:表5)

何から、何に移すかを考えて、どうやって新しい「だし」をデザインするか。何からは、うま味成分が多いものは何でもいい。食文化としてその土地にあったものを引っ張ってきても可。何には、水に入れたものが「だし」。日本酒に入れるのは煎り酒。ワインに入れてもいい。ジュースに入れてもいいかもしれない。それは料理人の調理技術だと思います。どうやっては、何℃で何秒何分何時間やるのか。昆布を水に入れて60℃で1時間と考える。昆布を水に入れて100℃で数秒やるとどうなるか。このような問題を分けて線でつないでいくと自分の「だし」の取り方ができてくる。前回には、エスプレッソマシンで「昆布だし」を取るとか紹介しました。

表5:新しい「だし」をデザインする

「だし」の可能性(参照:表6)

「だし」の取り方をデザインする時、二つの方向性があって。今、みなさんが取られていることを「ブラッシュアップする方向性」と「だしの取り方を変える方向性」です。ブラッシュアップは、今までの「だし」に何か違う風味を追加する。一番だし、ブイヨンに何かを追加する、今までの「だし」をもっと濃厚に取りたい。出される料理にあわせて考える必要がある。「だし」の取り方を変えるのは、今まで使われてこなかった食材から「だし」を取る。これは、サステナビリティにつながる問題です。今、日本の料理、世界の料理もどんどん先鋭化してきて、効率よくうま味成分を取るために昆布もどこの産地のどういう昆布で鰹もどこの産地でどこの加工業者でなどと、どんどんうま味を求めていますが、それがサステナビリティの問題が出てきた一つの原因かなと思います。今こそ、科学的なこともわかってきたわけですから、昆布、鰹以外に何かないかを考えてみる。違う素材で「だし」を取れば、昆布がなくなるとか、日本料理人とイタリア料理人で昆布を取り合うこともないようになるかもしれません。

表6:だしの可能性 だしの取り方をデザインする

「だしの使い方」に関して

「だし」の原型はポトフ。煮物の液体部分を他のものの味付けに使った。それよって料理の因数が増えた。豚肉の「だし」を鶏肉に使うことができた。料理の多様性が発展していった。料理人は限られた組み合わせの中で料理をつくっていかないといけなかったわけですが、少ない因数を掛け算で増やしていった。それが「だしの使い方」の原型だと思います。

どう使うか

鰹と昆布のうま味成分を水に移したものを「だし」と呼び、「だし」の中に入ったうま味成分をセロリに移す。これは、「うま味の転移」です。転移させていくのが料理における「だし」の使い方です。これは重要な概念です。さらに日本料理の「だし」は野菜、炭水化物をおいしくするために使われてきた。うま味成分はタンパク質のシグナル、うま味成分の味がしたらタンパク質が摂れたというシグナルだったはずなのに、日本料理は昆布があったから、それを野菜の味付けに使った。つまり、炭水化物の味付けに使うわけです。舌でタンパク質が入ってくるなと思うと体に入るのはデンプンとか野菜だった。それが日本料理の重要な概念であり、これは「うま味のパラドックス」であると思っています。生理学的に考えたら炭水化物を摂っても体の中で分解してタンパク質に作り直すことはできますから問題はないんですが、日本料理はそれを発見したので肉の脂を使う必要がなくなった。というか、日本料理は油脂を使わないでも料理の可能性を広げたのです。

「だし」は素材を超えさせる(参照:表7)

札幌のフランス料理「モリエール」で最初に出てくる牛蒡のスープがあります。牛蒡は根じゃないですか。植物の根っこにうま味を入れておいしいなと思わせる、それが料理ですね。素材を超えさせる。味はないが、牛蒡のような特徴的な食材をおいしくしたいと。「だし」のうま味を生かせば特徴的な香りを生かしたおいしい料理ができる。「だし」の使い方は、こういう本質的な考え方をすればうま味を足したものになると思います。苦いけど香りが特徴的な素材、適度な苦味を「ほろ苦い」と感じさせておいしい料理にするとか。味も香りもないが、食感が特徴的な食材。もとの素材の何かの特徴にうま味を足していき、楽しい食感のだしの固体化した料理にするとか。素材と向き合って、これまで見えなかった素材のよさを発見する。これまで使われてこなかった素材や部位を生かせるのが、「だしは素材を超えさせる」という概念です。

表7:だしは素材を超えさせる

「だし」の使い方をデザインする(参照:表8)

デザインの考え方を3つ示したいと思います。その1「だしと一緒に食べさせる」のは、固体の食材と一緒に味わう。日本料理の椀物はアジア共通かもしれませんが、液体のものと固体の具材を一緒にずるずると食べる。「だし」を味わいながら固体の食材を食べる。粘度はなくてもいい、デンプンで粘度をつけてもいい。濃縮してゼラチンでつけてもいいし、野菜を使ってもいい。すり流しは野菜のピュレを入れたようなもの。味噌汁も大豆のピュレの混ぜたようなものです。その2「だしを含ませる」。液体の「だし」からうま味を転移させる。加熱媒体として「だし」を使えば、そういうことができる。アロゼのように。油でアロゼしますが、「だし」でアロゼしたらどうなるか。その3「だしを油と使う」。私の師匠、伏木亨先生が「一滴の油」の概念を提唱して実験したんです。椀物だと切り干し大根の炊いたものに少しだけ油抜きをした油揚げを入れる。なぜか。油はいやなんです、日本料理は。でも、ちょっと入れるとおいしくなる。油と乳化させる。水の部分を、「だし」だったら油と乳化させることができる。それはフランス料理のソースなのですね。油と「だし」を使うと、もっとおいしくなる。

表8:だしの可能性 だしの使い方をデザインする

というように、「だし」の役割を改めて考えると、おいしさの担保であり、おいしさを融合するもので、それによってどんな価値があるか。栄養が溶け込んでいるなという感じ、滋味とか安心感を感じさせる。「だし」を入れて、単においしくなったな、ではなく、味噌汁を飲む、すり流しを飲むと「これ、栄養が入っている感じがする」とか「滋味がある」と感じる。それが本来の「だしの価値」なんだと思います。以上が、まとめです。

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