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一人の情熱が滋賀・竜王に根付かせた、 唯一無二の“陸のアワビ” 「足太あわび茸」
生産者:株式会社ヌーベルムラチ 邑地礼子さん
「好き」から始まった一からの挑戦
海のミルクといえば牡蠣だが、陸のアワビをご存じだろうか。
それが滋賀県竜王町の名産品「足太あわび茸」だ。キノコでありながらアワビとは?日本で初めて本格的な栽培に挑戦した「足太あわび茸」の元祖である邑地(むらち)さんの元へ急いだ。
「とにかくキノコが大好きなんです」
邑地さんは、栽培のきっかけをこう、切り出した。
好きが高じて「自分でも栽培してみたい」と考えたのが、すべての始まり。
「日本にはまだない珍しいキノコで驚かせたい」と模索していた折、友人を通じて出会ったのが肉厚で大きな「足太あわび茸」だった。
最大の特徴は、文字通りどっしり太い「足」と、蒸しアワビのような弾力のある食感だろう。一般的なキノコは煮過ぎると締まりが失われるが、足太あわび茸は逆に歯ごたえが増すため煮ものとも相性抜群。噛むほどに旨味が溢れてくる。そして、美容効果の高いビタミンB2や食物繊維を豊富に含む豊かな栄養成分に惹かれた。
竜王町のために、一人で背負う決断
せっかく作るなら足太あわび茸を竜王町の新たな名産品にしたいと考えた邑地さんは、当時の町長を訪ねた。「日本に前例のないこのキノコを、町の事業として育て、竜王の名産品にできないか」と提案したのだ。町長もその可能性に賛同し、話は具体的に進み始めた。
しかし、話が進むにつれて邑地さんの心中に、一つの懸念が生まれる。
「私は栽培に関しては全くの素人です。日本に前例のないキノコを一から育てるのは、あまりに大きな挑戦でした。もし町の事業として始めて失敗してしまったら、もう竜王町に住むことすらできなくなるかもしれないと思ったんです」
自分一人でリスクを引き受け、成功させてみせる。邑地さんは自ら多額の資金を借り入れて栽培ハウスを用意。退路を断ち、一人での真剣勝負が始まった。
カビとの戦いと栽培への一途なこだわり
栽培は想像を絶する苦労の連続だった。足太あわび茸は亜熱帯性の品種で、温度・湿度・換気の三拍子が揃わなければすぐに全滅する。独学でのチャレンジは、まさに暗中模索だった。特に難しいのが湿度の管理だという。湿度が上がればカビに襲われ、乾燥するとキノコが育たない。当初はカビに怯えていたが、「カビと友達になろう」と思考を転換。試行錯誤の末、カビを抑えながらキノコを育てる換気技術を確立した。菌床も、農薬や添加剤は一切使わず、厳選した樹木100%のおが粉にこだわる徹底ぶり。水やりも、直接傘にかけると品質が落ちるため、「霧」を発生させる装置を導入し、自然に近い潤いを与える。
絶望的な在庫からヒット加工品誕生への逆転劇
一つひとつ問題を解決し、ようやく少し分かりかけていた頃、大きなトラブルに見舞われる。
豊作と販売先の急なキャンセルが重なり、何百キロという大量のキノコが冷蔵庫に溢れかえったのだ。「夜も悪夢にうなされるほど追い詰められた」と言うが、ここで執念を見せる。
「捨てるくらいなら、一人でも多くの人にこの良さを知ってもらおう」
必死の思いで、足太あわび茸を無料で配って歩いた。すると、その評判が噂を呼び、新聞に大きく掲載されたことで状況は一変。注文が殺到したのだ。さらに、この時の「在庫を無駄にしたくない」という熱意が、新たな発想を生む。保存が効き、いつでも手軽に楽しめる「チップス」や「つくだ煮」といった加工品の開発に繋がったのだ。逆境こそが、足太あわび茸の可能性をさらに広げるきっかけとなったのである。
「足太あわび茸」という宝を、次世代へ
邑地さんの視線は次を見据えている。 「今の課題は後継者です。せっかく定着した足太あわび茸を絶やしたくない。ノウハウもレシピも商標も、すべて伝授するので、今後も末永く特産品としてあり続けてほしいです」。
「大好き」という純粋な気持ちから始まり、町のブランド食材へと育て上げた邑地さん。その熱い情熱と技術は、いつまでも竜王町で引き継がれていくことだろう。
●完全無農薬の菌床が生む絶妙な滋味



菌床は、厳選したおが粉100%で農薬や添加物は完全無使用。余計な成分を吸収しないため雑味やクセ、土臭さがなく、噛み締めると貝の煮汁のような上品な旨みが広がる。
●丁寧な手作業で害虫から実を守る


足太あわび茸の大敵は、実を食害する「キノコバエ」。完全無農薬のため、一つひとつ丁寧に網をかけて予防する。
●とんかつにも負けない食べ応えも魅力

邑地さんのお気に入りは「フライ」。キノコといえば天ぷらのイメージだが、パン粉をつけて揚げると、とんかつにも負けない満足感が味わえるという。
●竜王名物として道の駅でも存在感を発揮



足太あわび茸の商品は、ネット販売のほか滋賀県内にある「道の駅 アグリパーク竜王」と「道の駅 竜王 かがみの里」でも購入できる。
●足太あわび茸の美味しさを気軽に


在庫管理から誕生した多彩な加工品も、生の足太あわび茸に肩を並べる人気商品だ。
●料理の腕を活かしてコンテストでアピール

調理師免許も持つ邑地さんは、足太あわび茸を素材にしたレシピコンテストにも参加。数々の受賞によって、足太あわび茸の知名度を広げた。
[取材日2026年4月3日]
取材協力
株式会社ヌーベルムラチ
滋賀県蒲生郡竜王町西川1437-1
tel:0748-58-2377fax:0748-58-2168
web:https://www.murachi-g.com/
事業内容:足太あわび茸の栽培・販売。タヒボ・タヒボ茶「タヒボNFD」販売代理店。
