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風土と歴史を紡ぎ、未来へ繋ぐ—— 日本の原風景、飛鳥で育む赤い古代米「神丹穂(かんにほ)」
生産者:たるたる農園 樽井一樹さん(左) minimal life 瀬川健さん(右)
奈良県明日香村
「この地に、赤い稲穂の美しい景色を」二人の情熱が原動力に
今年、世界遺産に登録された奈良県・飛鳥地域。日本の原風景が今も息づく明日香村で、古代の食生活を支えた稲の原種を受け継ぐ「古代米」が育てられている。キトラ古墳などで知られる「国営飛鳥歴史公園」。この一画で、秋の訪れとともに古代米の一種である「神丹穂(かんにほ)」の赤い稲穂が揺れる美しい田園風景が広がる。
赤米・緑米・黒米などの品種がある古代米。その存在は飛鳥時代の木簡にも記録が残る、まさに食の遺産と呼べるものだ。
そして現代––遥かな時を超えて赤米の「神丹穂」を手掛けるのが、農園を営む樽井さんと米農家の瀬川さんだ。
今や公園の情景として親しまれている古代米づくり。その始まりは「赤い稲穂の景観で公園内に彩りを添えたい」「地域の伝統行事である、田植え祭りをやりたい」という純粋な想いだった。
自然と共生する、化学肥料・農薬不使用の農法を実践
栽培方法を尋ねると、樽井さんの答えは驚くものだった。農薬はもちろん化学肥料も使わない「自然栽培」を徹底しているという。普段は、おからを主成分に漢方薬や木材チップなどを発酵させた植物性100%の堆肥を少量与えるのみ。土中に含まれる炭素(有機物)の働きと、微生物が分解した栄養分のみを頼りに大きく育て上げるのが樽井さん流。にわかには信じられないかもしれないが、力強く実った神丹穂が何よりの証拠だ。
では害虫の心配はないのだろうか。
「数年前にトビイロウンカが大発生しましたが、無農薬の田んぼにはクモやトンボなどの天敵もいるので被害はごくわずかで済みました」と瀬川さんは説明してくれた。自然のままに育てるからこそ、自然に助けられることがある。農の世界には科学では説明できない「生態系の力」と「農家の意識」が存在していると二人は頷く。
こうして収穫された神丹穂は、公園で開かれるイベントなどで提供され、参加者を楽しませている。残念ながら一般販売はしていないが、瀬川さんが自らの田んぼで同様の栽培法によって手掛けた「神丹穂」を農作物の直売所「明日香ビオマルシェ」で購入可能だ。ネットなどで広く売ることはせず、飲食店への出荷も、顔の見える地元の料理人に限られる。二人の想いとストーリーに共鳴した人々の手へ、大切に手渡されているのがわかる。
文化や命の循環を身体で知る機会を提供
彼らの活動は農業だけに留まらない。地域に息づく文化や伝統を未来へと繋ぐことこそが活動の真意だ。
古代米づくりのきっかけになった「田植え祭り」の開催もそのひとつ。田植え作業の後に餅を振る舞う伝統行事「さなぶり」と共に開かれ、賑やかに歴史を伝える。
9月中旬頃には、古代米を味わいながら音楽や地元食材を楽しめる「古代稲を愛でる会」を行う。イベントでは食育としてイノシシの解体を間近で見せたり、水や命の循環、生きることの意味に触れられたりする場を作り出している。
また、教育への貢献にも熱心だ。帝塚山学園の中学生を対象とした「田んぼプロジェクト」では、田植えから手作業での除草、稲刈り、そしてご飯の炊き出しまで体験できる機会を提供する。ほかにも、飛鳥小学校での出前授業などに積極的に取り組む。
食べ物を育てる苦労と命の重みに直接触れる体験は、彼らが社会へ飛び立っていく上での大きな糧となるはずだ。
一粒の種に込められた願いを未来へ
話題性と希少性で注目される古代米だが、「効率や収益性だけで判断するなら、農業としては成り立ちません」と樽井さんは言い切る。その理由は歩留まりの悪さと、米の選別をはじめとする膨大な作業量だ。稲の背丈が高い神丹穂は、収穫する頃になるとほとんどが倒れていることも珍しくない。土に触れた稲は発芽する可能性が高く、そうなると廃棄するしかない。それでも樽井さんと瀬川さんは挑戦を続ける。
「お祭りも貴重な農業体験も美しい景色も、一度失われると取り戻すのは困難です。利益を度外視してでも、形のない財産を次世代に残していきたいのです」
飛鳥1500年の風土が宿った一粒の種は、人と人との温かな関係性の中で、これからも未来へと脈々と受け継がれていくのだろう。
●真っ赤な稲穂は公園の名所に

秋を迎えると田園は「神丹穂」の燃えるような赤色に染まる。この風景も国営飛鳥歴史公園を代表するひとつとして愛されている。
●100人以上が参加する田植え祭り



田植えの後は餅を振る舞う「さなぶり」の儀式で盛り上がる。工程が簡略化されたり、すでに廃止されたりしている地域も少なくないが、イベントでは餅つきから行う。樽井さんと瀬川さんの強いこだわりが伝わってくる。
●田植えから実食まで体験する「田んぼプロジェクト」


作業を体験した生徒の中には、農業系の学部へと進む者も出てくる一方で、「こんなに大変なら除草剤を撒いた方が楽なのでは」という意見が出ることも。様々な意見に触れることも、いい経験になりそうだ。
●地域が食を通じて繋がる「明日香ビオマルシェ」


樽井さんが代表、瀬川さんが全体の管理を務める農作物の対面販売所「明日香ビオマルシェ」。毎週金曜日(午前9時~正午)に開催され、二人をはじめ地元農家の信用できる野菜などがズラリと並ぶ。周年イベントなども活発で、農家とシェフと地域の人々が深いつながりで結ばれているのがわかる。場所は、あすか夢の楽市 駐車場(奈良県高市郡明日香村飛鳥225-2)
●食と音楽と自然を楽しむ「古代稲を愛でる会」


古代米について学びながら、地域の食材を味わい、生の音楽に耳を傾け、飛鳥の歴史にも触れられる「古代稲を愛でる会」。地域に根付いた暮らしの歩みを、改めてもう一回知ってもらうきっかけ作りも目的だ。
●飛鳥1500年の歴史が味わいをより深める

白米1合に大さじ1杯を混ぜて炊くと、ご飯全体が華やかなピンク色に色づく。口に含むと「もちっ、プチッ」とした独特の心地よい食感が広がるのが特徴だ。美しい色合いと深みのある風味。「飛鳥1500年の時を食べる」という特別な感動が、さらに味覚を押し上げる。
[取材日2026年8月5日]
取材協力
たるたる農園
奈良県高市郡明日香村越99-3
tel:090-1074-1063
事業内容:有機栽培の各種野菜および、古代米の栽培、管理。
minimal life
明日香村平田258-2
tel:080-6522-7181
事業内容:自然栽培のうるち米、餅米、古代米の生産および、しめ縄の制作、販売。
