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次世代の食ビジネス
食と農078 代表・西山志保里さん(写真右端)
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食と農をつなぐイノベーションの拠点が誕生
再整備が進む神戸・元町の高架下、通称モトコーに、2026年2月に誕生した『食と農078』は、食と農に特化し、ガストロノミーとテクノロジーを融合したスタートアップの会員制スタジオだ。約140坪のスペースには、食ビジネスにおける開発からテスト、交流、販売を支える複合的な機能が備わっている。
注目すべき機能は、最新鋭の厨房機器を備えたライブキッチンと商品開発スペースを併設したフードラボ。さらに事業者向けのコワーキングスペースやセミナールーム、地域との接点となるイベントスペース、そして開発した商品を即座に販売できるマルシェ・物販スペース。農産物の加工支援や美食イベント、教育・ブランディングなど、ワンストップ支援を行い、地元産業との連携とフードイノベーションの実現を目指す。
利用対象者は食や農産業のスタートアップ企業から農林畜産業の生産者、食品加工会社、食品流通業者、飲食店の経営者、料理人、投資家、研究者、さらには自治体関係者、学生など。食に携わるあらゆる人々が交差する事業創出の場として設計され、その動向に注目が集まっている。
運営を担うのは神戸市内を中心にスタートアップ支援やシェアオフィスの運営、地域共創事業などを展開してきた『株式会社078』。その代表取締役社長を務めるのが西山志保里さんだ。
起業支援の現場で直面した一次産業の危機
西山さんは歯科衛生士として働き、小学校や保育園で噛む重要性や口腔内の健康、栄養指導を行ってきた異色の経歴の持ち主だ。当時の経験から、料理を通して科学や食の背景を伝える食育の重要性を痛感したという。
その後、渋沢栄一の「時間、お金、知恵を持ち寄り社会を構築する」という合本主義に共感して起業家支援のコワーキングスペースを開設。起業支援を行う中で、会員だった一次産業や二次産業の事業者が直面している飼料・資材の高騰や後継者不足による廃業危機、理想論だけでは語れないオーガニック転換の壁など、見えない社会課題を目の当たりに。
一方で話を聞くうちに海と山が近い地理的条件や六甲山系の水源があることで食の恵みが豊かなことを実感。神戸ビーフのように世界的ブランド力のある食材も存在し、さらには古くから海運や船での流通が栄えていたことから食品加工の工場が多い歴史も分かり、改めて「神戸のポテンシャルとは、食にある」と確信したという。そこでより理解を深めて支援を強化するため『事業構想大学院大学(MPD)』で学び直し、農学博士の元で修士号を取得するなど「社会をアップデートする」ことを掲げて奔走する事となる。そうしたなか、再整備が進むモトコーのインキュベーション施設を利用した新たな事業の相談が持ち込まれ、西山さんが提案したのがこのガストロスタジオだ。
「神戸は元々、川崎重工や神戸製鋼所などがある重工業の街であり、鉄道や機械などを作ってきた土壌があります。これらロボティクスや機械の技術をフードテックとして食の分野に転用することで、労働問題やフードロス、世界市場の開拓、食料自給率を上げるサポートができると考えており、神戸のポテンシャルを活かすため、一次産業から六次産業まであらゆる食に携わる人と生活者とをつなぐ、ハブとなる拠点が必要だと考えました」
創業者支援の現場で生産者が抱える深刻な課題を知った際、「日本の高品質で安全な食材と生産者を守らないと、未来の子供たちが本物の食を食べられなくなる」という危機感を持った西山さん。かつて食べることの専門家として活動した経験値と強い食への情熱が、ガストロノミーとフードテックを掛け合わせて都市の魅力向上を目指す、新たな食ビジネス「ガストロテックシティ神戸構想」へと発展したと話す。
貸し厨房の枠を超えた開発拠点
ガストロノミーとフードテックを掛け合わせる上で、欠かせなかったのが最新鋭のライブキッチンだ。西山さんが目指したのは単なる家庭用キッチンの延長線上にあるシェアキッチンではなく、ハイテクかつ厳格な衛生基準を持つ、テストマーケティングや加工の拠点。そこで、山口シェフに監修を依頼し、業務用厨房機器メーカー『fujimak』協力のもと、厨房を設置することになる。
厨房設計にも関わった山口シェフは、西山さんと知り合った際に「ガストロテックシティ神戸構想」に共鳴し、感動して協力を申し出たという。
「これまでの食ビジネスは、職人の経験にもとづく高度な技術と長時間の仕込みや調理作業という、労働集約型のビジネスモデルに依存してきました。しかし労働時間の制限と最低賃金の上昇という制約のある今、熟練スタッフの長時間労働を前提としたオペレーションは法的にも経済的にも維持が困難になっています。また従来の厨房設計は、オーナー主導でハコ(空間)が先に作られ、そこに料理人が入る形だったため、作る料理や目的に最適化された独自の環境を作ってきました。西山さんが行っているのは、これまでのオートクチュール(特注)ではなく、最新鋭のプレタポルテ(標準化・実用化された)の調理場。時代の課題に合わせた新しい発想の厨房設計が行われていることが面白く、誰でもできるものではありません。さらに、この厨房は機器を使いこなすプロ(料理人)のノウハウが一体となることで最大限の力を発揮します。厨房を24時間働かせる、という考えを持つことで人手不足を補い、現場の精神や肉体的な負担を軽減できると思います」(山口シェフ)
こうした考えからキッチンに並ぶのは、最新のスチームコンベクションオーブンやバリオ デュアルパン、ブラストチラー、ショックフリーザー、液体式急速冷凍機、ロボクープ、真空包装機、十分な容量の冷凍庫や冷蔵庫などが並ぶ。
この設備により、例えば無店舗で活動する料理人や異業種から食産業に参入したい企業の試作テストマーケティング、規格外の農産物などを加工・冷凍して世界へ輸出する仕組み作りなど、資金力に乏しい小規模事業者やスタートアップが、高額な初期投資を抑えつつ商品開発を行うことができる。
神戸から始まる、食の新しい循環
『食と農078』の最大の特徴は、一次産業との強固なネットワークを基盤にしている点だ。西山さんは兵庫五国(摂津・播磨・但馬・丹波・淡路)から毎日農産物を集める、道の駅『元町マルシェ』の運営を昨年から引き継ぎ、約200名規模の生産者コミュニティと直接的な繋がりを持つ。
このネットワークが、生産者と料理人や加工業者などとを結びつける強固な土台である。例えば、生産現場では形が不揃いで流通に乗らない規格外野菜や漁獲されても名前が知られていないために廃棄される未利用魚など多くの食材が廃棄対象となる。これらを『食と農078』に集め、加工・保存すれば、新たな価値を生み出すこともできる。生産者だけでは出口戦略を描きにくい6次産業化も、同施設とここに集まる多様な専門家の知見があれば実現の可能性が高まるというわけだ。
「海と山が近く、良質な水に恵まれ、港湾都市として流通の要所でもある神戸は、美食の街スペイン・サンセバスチャンのようなポテンシャルを十分に秘めています。ガストロノミーとテクノロジーを掛け合わせた事業構想は、地域の生産者を守りながら、日本の豊かな食資源の付加価値を高めるために不可欠です」(西山さん)
西山さんのビジョンは、食卓の安全を守りながら苦境に立つ生産者を支援すること。その想いは国内にとどまらない。まずはローカルの支援に注力し、やがてはその地元食材を加工・輸出し、高度な日本の急速冷凍技術によるコールドチェーンの構築によって世界への発信を見据えている。

起業家支援の他、日本初となる保育園併設型のコワーキングスペースという画期的な支援も行い、女性の活躍促進や少子化問題の解決にも取り組む西山志保里さん。館内にはミーティングに最適な場所も。

カンネツ社製の瞬間冷凍機「フリーズマスター」。マイナス35℃まで冷却したアルコールブライン液の中に、真空包装した食材を漬け込んで一気に冷却する。この他、厨房には多数の最新機器が。

モトコーの下にはマルシェやイベントスペースが。
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『食と農078』の前には広場があり、イベントを行うことができるようになっている。

場所は阪急電鉄、花隈駅の東口より徒歩1分。
『食と農 078』
神戸市中央区元町高架通3番-207号 モトコー3-3街区
https://shokutonou078.com/
