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専門性の掛け合わせ

専門性の掛け合わせ

古谷哲也さん『中華菜房 古谷』オーナーシェフ

関西食文化研究会・コアメンバー 吉岡勝美の視点
「近年の飲食業界では小規模な個人店が増加していますが、限られた人員の中でいかに独自の強みを打ち出すかが問われています。その点『中華菜房 古谷』の古谷君は面白い。点心部門のトップとして培った技術に加え、中国最高位『特一級』の靖 三元氏から学んだ北京料理を融合させ、料理人と点心師という二つの専門性を一身に兼ね備えています。分業が当たり前だった中国料理の枠を越え、高い次元でバランスを取る彼の仕事は、これからの小規模店経営のヒントになるはずです」

 

点心と料理、二つの技を一人で

中国料理の厨房は、火と鍋を操る炒め場(紅案・ホンアン)と生地や餡を扱う点心場(白案・バイアン)が明確に分業され、職能も別々に発展してきた。ホテルや大型店では、こうした分業が効率と料理の質を支えている。

そうしたなか、大阪・豊中に店を構える『中華菜房 古谷』のオーナーシェフ・古谷哲也さんは厨房をたった一人で切り盛りしながらも、手包みの点心と本場直伝の北京料理の両方を担う。

同店の特徴は、昼と夜とでガラリと変えるコンセプトの違い。昼は作り置きの冷凍品を一切使わず、来客直前に包み進行に合わせて蒸しあげる点心を出す飲茶コース。一方、夜はガラや骨のゼラチン質だけでなく丸鴨や丸鶏といった肉を惜しみなく使って炊く白湯を多用する本格的な北京料理のコースを提供。本来であれば複数の専任職人がいて成立する二軸を一人で回している。
 
 

点心師から、北京料理の道へ

この独自のスタイルを支えているのが、これまでの濃密なキャリアだ。

古谷さんは代々続く和菓子店に生まれ、「早く手に職をつけたい」と中学卒業後に辻調理師専門学校へ進学。卒業後は辻調理技術研究所の1期生として中国料理を学び、1989(平成元)年には17歳で辻調の助手となった。「第一線のトップシェフが招かれる学校にいれば、広東、四川、北京、上海、点心と、中国料理の全容を体系的に学べる」という考えからだったという。
入職5年目には点心講師に抜擢され、点心の世界に没頭。自身も研鑽を積みながら、技術研究所で7年間、後進の指導にあたった。
そんな辻調を退職後は、街場の中国料理店で経験を積み、2006年、リーガロイヤルホテル大阪の『北京料理 天壇王府』が広東料理『皇家龍鳳』へ刷新される際、点心部門のトップとして招聘された。
そこで出会ったのが、帰国を控えた『天壇王府』の料理長、靖 三元(チン サンウェン)さん。中国の料理人最高位の称号「特一級(特級調理師)」を持つ重鎮だ。店舗の移行期間中、靖さんの厨房に張り付いた古谷さんは、肉の塊を豪快に炊く奶湯(白湯・ナイタン)をはじめ、本場の北京料理に衝撃を受け、魅了された。
それまで身につけてきた技術とは異なる北京料理の力強さに触れ、自分が目指す味がはっきりしたという古谷さん。2009年末から2010年初頭には、靖さんの帰国先である河北省唐山市の店で研修を受け、本場の技術をさらに深化。そして2012年、オープンしたのが『中華菜房 古谷』だ。

 

一人で回すための仕組みづくり

独立後の課題は、手包みの点心と師匠直伝の白湯を、一人でどう両立させるかだったという。粉をこね、発酵・熟成させて包む点心と、強火で一気に仕上げる炒め物では、仕込みも調理のタイミングも異なる。

そのヒントとなったのが、オープン当時、近隣で人気を博していたフラワーショップ併設のフランス料理店『エル・バウ・デコラシオン』(現在は宝塚市に『一草 isso』として移転)の存在だったという。

「花屋とフレンチという二軸の共存や、この立地でもコースに絞ってゆったり食事を楽しんでもらうスタイルを間近に見て、二軸のコースという形も成立するのではないかと背中を押されました」と話す。

そこで考えたのが、一人で厨房を回すための仕組みづくりだ。昼は前日に仕込んだ生地と餡を用い、来客直前に包んで蒸す飲茶コース。粉もの中心で原価を抑えつつ、職人技で価値を生み出す点心を昼の柱に。夜は原価を惜しまず仕込む濃厚な白湯を主軸に、本格的な中国料理を提供する。
一方、夜の営業では、アラカルト形式ゆえに料理の提供が遅れたり、仕込みや食材にロスが生じたりする課題もあった。そこで2019年までの営業経験を踏まえ、コースに絞って調理法や設備も見直した。蒸籠を活用して魚の蒸し物や煮込み料理を用意し、鍋を振るタイミングを絞ることで、作業負荷を分散。一人でも料理を滞りなく提供できる体制を整えた。
また、粉もの中心で原価を抑えやすい昼と、食材に原価をかける夜を組み合わせることで、一日の収益バランスも図っている。

 

専門性を磨き、小さな店の強みに変える

古谷さんが二軸のコースにこだわる背景には、技術的な挑戦だけでなく日本の中国料理界に対する強い思いがある。
街場の中華料理店では、手間暇かけたおすすめ料理を用意しても、多くの客がエビチリや麻婆豆腐、チャーハンといった馴染み深い定番を選びがちだ。「これでは、中国各地に根づく多様で奥深い食文化に触れてもらえない」葛藤を抱えていたという。
「中国料理の魅力は定番だけではありません。20席前後の小さな店であっても、料理人それぞれが自分のカラーを打ち出し、妥協せず美味しいものを追求すれば、業界全体のレベルやお客様の意識も上がっていくはず。定番料理ばかりでなく、まだ見ぬ本物の味を知るきっかけを作りたい」と古谷さんは言葉に力を込める。
定期的に現地へ赴いては新たな食材や伝統料理を吸収し、店の料理として形にする。その行動も、小規模店だからこそできる強みだ。
点心師として培った技術に北京料理を重ね、昼と夜で異なる料理を提供する。さらに、仕込みや調理法、設備、コース構成まで見直し、一人で回せる形に落とし込む。古谷さんの実践から見えてくるのは、限られた人員を補う効率化だけではない。自らの技術をどう組み合わせ、時間と設備をどう配分し、店の価値と収益につなげるか。小規模店の経営を考えるうえで具体的なヒントが詰まっている。


 

師に教わった看板料理の「トマトの煎り煮」。フレッシュのトマトに衣をつけて天麩羅にし、それをネギ油や老酒などを加えた白湯でさっと軽く煮込む一品。

 

ランチ2600円~の点心は出来立て、包みたてが信条。蒸し物(写真)、水餃子、揚げ物・焼き物の3回に分けて順に提供する。日本では珍しい北方系の水餃子やパイ系なども時に織り交ぜる。

 

 

取材時の厨房には水で戻しているナマコが。平日5500円~、休日7000円~のコースに「ナマコの白湯醤油煮込み」を追加できるよう常に用意している。

 

中国語で書かれた靖 三元(チン サンウェン)さん著の料理書籍。バイブルとして時折開くという。

 

 

 

 

『中華菜房 古谷』
住所 大阪府豊中市岡町南1-1-22 矢部ビル岡町コーポ101号
WEB https://www.china-furutani.com/


 

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